1974年のヒット曲 YoutubeでPV視聴ヒットパレード【無料音楽動画試聴BLOG】

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チューリップ「ぼくがつくった愛のうた」

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チューリップ「ぼくがつくった愛のうた」無料音楽動画視聴
ぼくがつくった愛のうた」は、1974年10月5日に発売されたチューリップの7枚目のシングルで、チューリップのヒット曲です。

チューリップのファンの間でも人気が高く、チューリップ結成30周年に期間限定で開設された公式サイトでのアンケート投票「思い出の1曲」で、もっとも多く票を集めています。財津和夫もこの「ぼくがつくった愛のうた」が気に入っており、財津自身でリードボーカルをしたかったそうです。

1990年にはグリコ「ポッキー」のCMソング、2001年にはキリンビバレッジ「午後の紅茶」のCMソングにそれぞれ起用され、97年にはフジテレビ系ドラマ「ひとつ屋根の下2」の挿入歌として試用されました。

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チューリップ「青春の影」

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青春の影」は、1974年6月5日に発売されたチューリップの6枚目のシングルで、数々の名曲を生み出したチューリップの代表曲のうちの1つです。

チューリップは、博多出身のバンドで、73年発売の「心の旅」が売り上げ1位を記録し、一躍有名となり、その後もこの「青春の影」「サボテンの花」などの名曲を発表し、その名を不動とします。

93年にフジテレビで放送されたドラマ「ひとつ屋根の下」で「サボテンの花」が主題歌となり大ヒットしましたが、この「青春の影」も、同ドラマの挿入歌として使用されました。なお、97年放送のドラマ「ひとつ屋根の下2」でも挿入歌として使用されています。

よしだたくろう&かまやつひろし「シンシア」

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よしだたくろう&かまやつひろし「シンシア」無料音楽動画視聴
シンシア」は、1974年7月1日に発売されたよしだたくろう吉田拓郎)&かまやつひろしのシングルで、オリコンチャート最高21位で15万枚を売り上げた、よしだたくろう吉田拓郎)&かまやつひろしのヒット曲です。

この「シンシア」は、当時吉田拓郎がファンであった南沙織に捧げた楽曲として有名で、題名の「シンシア」とは南沙織の愛称です。後に吉田拓郎は、テレビの歌番組で南沙織と何度か共演を果たしています。

また、この年の吉田拓郎は、自ら歌ったこの「シンシア」だけでなく、浅田美代子や小柳ルミ子らにも楽曲を提供するなど大活躍。特に森進一に提供した「襟裳岬」は、日本レコード大賞を受賞し、現役ミュージシャンによる楽曲プロデュースという、新たな時代の到来を予感させるものでした。また、かまやつひろしとのコンビでは、翌年に「我が良き友よ」が大ヒットしました。

カーペンターズ「ジャンバラヤ」

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ジャンバラヤ」は、1973年11月25日に発売されたカーペンターズのシングルで、オリコンチャート最高28位で19万枚を売り上げた、カーペンターズの代表曲です。

この「ジャンバラヤ」は、元々はハンク・ウィリアムスの曲でカーペンターズがカバーしてヒットしました。ちなみに「ジャンバラヤ」とは、現在日本ではファミレスなどのメニューによくある、お米を使ったアメリカ南部料理のことで、この料理を食べて友を送り出そう」といった内容の歌です。(詳しくはコチラを)

また、この「ジャンバラヤ」は、文化放送のラジオ番組「オール・ジャパン・ポップ20」では、1974年の1月第1週から14週連続でトップ10入りし、6週で第1位を獲得。また同番組の74年の年間ランキングで第10位に記録されるヒットとなりました。

アグネス・チャン「小さな恋の物語」

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小さな恋の物語」は、1973年10月25日に発売されたアグネス・チャンの4枚目のシングルで、オリコンチャート第1位に輝き58万枚を売り上げた、アグネス・チャンの代表曲です。

「草原の輝き」が大ヒットしたアグネス・チャンは、この「小さな恋の物語」で初のオリコンチャート1位を獲得。しかし、前作の「草原の輝き」の印象が強すぎたせいか、一般的に「小さな恋の物語」の印象は薄く、テレビの懐メロ番組で歌われること少ないようです。

ちなみに「小さな恋の物語」は、アグネス・チャン最大のヒット曲であり、翌74年のオリコン年間シングル売上げ第14位に記録される大ヒットになってます。
※この動画は、夜ヒットでのオープニングのものになります。

かぐや姫「赤ちょうちん」

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かぐや姫「赤ちょうちん」無料音楽動画
赤ちょうちん」は、リーダーの南こうせつ(ギター)、山田パンダ(ベース)、伊勢正三(ギター)の3人で、それぞれが作詞・作曲およびリードボーカルを担当したかぐや姫の大ヒット曲です。

かぐや姫の代表曲ともなった「赤ちょうちん」は、1974年1月10日にリリースされ、それまで南こうせつかぐや姫としていたグループ名をこの曲からかぐや姫と変更。オリコン最高4位にランキングされて、「神田川」「妹」に並びかぐや姫の代表曲になります。

同曲をモチーフして作られ、映画「赤ちょうちん」は、70年代の世相と風俗を描いた青春映画の傑作で、主演した秋吉久美子の鮮烈なヌードと大胆なSEXシーンが話題となりました。また劇中でも効果的に同曲が使用されていました。

かぐや姫「妹」

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かぐや姫 妹 無料音楽動画
かぐや姫の代表曲ともなった「」は、1974年5月10日に発売され、オリコン初登場で18位(最高16位)にランキングされたヒット曲です。

同年、秋吉久美子の小悪魔的魅力が全開した作品として、日活より秋吉久美子主演にて「赤ちょうちん」に続き「」も映画化されてました。

ところで、この「」なんですけど、間違って「妹よ」って思ってませんか?結構、そんな方も多いかと思いますが正しくは「」ですので、、念のため。

フィンガー5(フィンガーファイブ)「学園天国」

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フィンガー5(フィンガーファイブ)「学園天国」無料音楽動画視聴
学園天国」は、1974年3月5日に発売されたフィンガー5(フィンガーファイブ)の3枚目シングルで、54万枚を売上げオリコンチャート最高2位となった、フィンガー5の代表曲です。

フィンガー5は、70年代を中心に活躍した沖縄出身の5人兄弟(男4女1)のアイドルグループで、そのルックスやダンスをしながら歌うスタイル、変声前のハイトーンボイスのアキラと年少のタエコが、あどけない姿でステージをこなす姿などが注目されて、当時爆発的な人気となっていました。

この「学園天国」は、この年のオリコン年間シングル売上げ第10位を記録。88年には、小泉今日子によってカバーされヒットし、2000年には香取慎吾扮する慎吾ママによって「慎吾ママの学園天国」という歌詞を変えた曲も大ヒットしました。

山本リンダ「きりきり舞い」

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山本リンダの74年のヒット曲「きりきり舞い」です。

山本リンダは1966年の15歳の時「こまっちゃうナ」でデビューしてアイドル歌手として一世を風靡しますが、その後ヒットに恵まれず、1972年に当時のヒットメーカーの阿久悠・都倉俊一のコンビによって「どうにもとまらない」「狙いうち」「きりきり舞い」などの、セクシーな大人の歌手にイメージチェンジして大ブレークし、「こまっちゃうナ」の頃を上回る人気となりました。

なお、近田春夫のアルバム『電撃的東京』で、この「きりきり舞い」をカバーしており、歌謡曲マニアでは名曲として有名な曲。個人的にも山本リンダの曲の中では一番好きな楽曲でした。

山口百恵「冬の色」

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冬の色」は、1974年12月10日に発売された山口百恵の7枚目のシングルで、オリコンチャート第1位となって53万枚を売り上げた、山口百恵の大ヒット曲です。

この「冬の色」は、デビュー以来様々な形でセンセーショナルな話題を提供していた山口百恵初のチャート1位獲得曲。「あなたから許された口紅の色は♪」という歌詞の内容が、それまでの楽曲とは一味違った大人びた感じで、山口百恵の楽曲の中でも妙に印象に残った1曲でした。

ちなみにこの「冬の色」は、翌75年のオリコン年間シングル売上げ第10位に記録される大ヒットでした。

郷ひろみ「よろしく哀愁」

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よろしく哀愁」は、1974年9月21日に発売された郷ひろみの10枚目のシングルで、オリコンチャート第1位に輝き51万枚を売り上げた、郷ひろみの代表曲です。

この「よろしく哀愁」は、酒井和歌子と共演して人気となったテレビ朝日系ドラマ「ちょっとしあわせ」の主題歌で、意外にも郷ひろみ唯一のオリコン1位獲得作品であり、最大のヒット曲となります。

04年にはジャニーズの後輩(郷ひろみは76年に移籍)である、TOKIOの長瀬智也がスバル『FORESTER』のCMソングとして「よろしく哀愁」がカヴァーして、若い世代でも話題となりました。

キャンディーズ「危ない土曜日」

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危ない土曜日」は、1974年4月21日に発売されたキャンディーズの3rdシングル。

デビュー曲「あなたに夢中」、2ndシングル「そよ風のくちづけ」に続く、キャンディーズ3枚目のシングルとなる「危ない土曜日」なのですが、まだまだキャンディーズは、TBS系『8時だョ!全員集合』のマスコットガール的イメージが強く、一部のコアなファンからは支持され続けますが、人気に火が付く事は、この時点ではありませんでした。

ちなみに、この「危ない土曜日」もセンターでメインボーカルを務めたのはスーでした。

チューリップ「銀の指環」

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銀の指環」は、1974年1月20日に発売されたチューリップの5枚目のシングルで、オリコンチャート最高15位で14万枚を売り上げた、チューリップのヒット曲です。

初期のチューリップの特徴は、財津和夫と姫野達也のツインボーカルの楽曲を用意していた点があげられますが、この「銀の指環」では、姫野達也がボーカルを担当し、メロディアスでポップなサウンドが当時の若い世代には受けました。

ちなみに、このシングル「銀の指環」のB面いわゆるカップリング曲には「セプテンバー」が収録されているのですが、個人的にはこちらの方が好きでした。

山本コータロー「岬めぐり」

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岬めぐり」は、1974年6月1日に発売された山本コータローとウィークエンドのシングルで、オリコンチャート5位となり40万枚を売り上げた、山本コータローの代表曲です。

山本コータローがソルティー・シュガー解散し、その後に結成したのが、山本コウタローとウィークエンド。この山本コータローとウィークエンドの最初のシングル「岬めぐり」は、ディスカバー・ジャパンなどの当時の時代背景にマッチして大ヒットしました。

また70年代半ばの修学旅行のバスで一番合唱されていたのがこの「岬めぐり」。いまだに海岸線などのドライヴでは、この「岬めぐり」を、つい口ずさんでしまうお父さんお母さんも多いのではないでしょうか?

NSP(ニュー・サディスティック・ピンク)「夕暮れ時はさびしそう」

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NSP(ニュー・サディスティック・ピンク)「夕暮れ時はさびしそう」無料音楽動画視聴
夕暮れ時はさびしそう」は、1974年7月10日に発売されたNSPニュー・サディスティック・ピンクの4枚目のシングルで、オリコンチャート最高11位となり25万枚を売り上げた、NSPニュー・サディスティック・ピンクの代表曲です。

NSPニュー・サディスティック・ピンクは、73年に第5回ヤマハポピュラーソングコンテストに於いて楽曲「あせ」でニッポン放送賞を受賞し、同年6月「さようなら」でデビュー。この「夕暮れ時はさびしそう」や「赤い糸の伝説」などがヒットし、叙情派フォークを代表するグループとなりました。

ちなみにNSPニュー・サディスティック・ピンクの3人は岩手県出身で、「田舎の堤防 夕暮れ時にぃ♪」のフレーズで始まる「夕暮れ時はさびしそう」は、この曲を作った天野滋の出身地である岩手県一関市の磐井川河川敷が舞台だそうです。

西城秀樹「傷だらけのローラ」

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傷だらけのローラ」は、1974年8月25日に発売された西城秀樹の10枚目のシングルで、34万枚を売り上げてオリコンチャート最高2位となった、西城秀樹の代表曲です。

74年の西城秀樹は、マイクスタンド・アクションが話題となった「薔薇の鎖」や、その歌詞が流行語ともなった「激しい恋」の“やめろと言われても♪”などヒット曲を連発。

この「傷だらけのローラ」では、前年の「ちぎれた愛」に引き続き、日本レコード大賞で史上初となる歌唱賞を2年連続で受賞しました。また西城秀樹は、同年の第25回NHK紅白歌合戦でも待望の初出場を果たし、トップバッターで「傷だらけのローラ」を熱唱しました。

山口百恵「ひと夏の経験」

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ひと夏の経験」は、1974年6月1日に発売された山口百恵の5枚のシングルで、オリコンチャート最高3位となり44万枚を売り上げた山口百恵の代表曲です。

ひと夏の経験」が大ヒットした74年に山口百恵は、青春映画『伊豆の踊子』に主演し、その演技でも高い評価を得られ、この映画で共演した恋人役の三浦友和とは”ゴールデンコンビ”と呼ばれ、山口百恵の主演映画全てに二人は共演しました。

この「ひと夏の経験」で山口百恵は、同年末の第16回日本レコード大賞では大衆賞を受賞し、第25回NHK紅白歌合戦に初出場します。また、「ひと夏の経験」を歌っていた当時のインタビューでは、『女の子の一番大切なものって何だと思いますか?』という質問に、山口百恵は『まごころ』という一言で押し通したそうです。

井上陽水「氷の世界」

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井上陽水の3枚目のオリジナル・アルバム「氷の世界」のタイトル・ナンバー「氷の世界」です。

アルバム「氷の世界」は、1973年12月1日にリリースされ、リリース直後から1年半にわたってチャート1位を争い続けるなどした結果、75年にアルバムとしては日本初のミリオンセラーとなり、井上陽水をトップスターの座に押し上げた作品となります。

また、アルバム「氷の世界」に収録されてある「心もよう」は、アルバム製作中にリリースされ井上陽水にとって初のオリコンチャートのトップ10入りするヒットとなります。

森進一「襟裳岬」

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襟裳岬」は、1974年1月15日に発売された森進一のシングルで、オリコンチャート最高6位となり46万枚を売上げた、森進一の代表曲であり昭和を代表する名曲です。

この「襟裳岬」は、フォーク界の第一人者であり、当時人気のヒットメーカーであった吉田拓郎の作曲によるもので、この年の日本レコード大賞ならびに日本歌謡大賞に輝く大ヒットとなりました。

また、同年の第25回NHK紅白歌合戦では、森進一自身初の大トリを「襟裳岬」で務めます。ちなみに森進一は、NHK紅白歌合戦において39回連続出場しており、この記録は現在も継続中です。

スージー・クアトロ「48 Crash」

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1973年にリリースされたスージー・クアトロ(Suzi Quatro)のヒット曲「48 Crash」です。

出世作の「CAN THE CAN」もそうですが、こちらの「48 Crash」も単純明快なノリノリのロックンロール・ナンバーで、スージー・クアトロの代表曲になります。

日本では74年の初頭あたりから、このスージー・クアトロの「48 Crash」は、文化放送のラジオ番組「オール・ジャパン・ポップ20」のトップ10にランクインされだしました。

伊藤咲子「ひまわり娘」

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伊藤咲子「ひまわり娘」無料音楽動画視聴
ひまわり娘」は、1974年4月20日に発売された伊藤咲子のデビューシングルで、11万枚を売り上げてオリコンチャート最高20位となった、伊藤咲子の代表曲です。

伊藤咲子は、73年に15歳で当時人気の日本テレビ系オーディション番組「スター誕生!」で優勝して、翌74年にこの「ひまわり娘」でアイドル歌手としてデビューします。

同年暮れの日本歌謡大賞で伊藤咲子は、「ひまわり娘」で放送音楽新人賞を受賞。しかし、伊藤咲子の曲が作曲/編曲がイスラエル人のシュキ・レヴィであった為、外国曲として扱われてレコード大賞新人賞にノミネートされませんでした。

ダウン・タウン・ブギウギ・バンド「スモーキン’ブギ」

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ダウン・タウン・ブギウギ・バンド「スモーキン’ブギ」無料音楽動画視聴
スモーキン’ブギ」は、1974年12月1日に発売されたダウン・タウン・ブギウギ・バンドのシングルで、シングル売上げ50万枚でオリコンチャート最高4位となった、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの出世作です。

ダウン・タウン・ブギウギ・バンドは、73年にリーダーの宇崎竜童を中心に結成されたバンドで、シングル「知らず知らずのうちに」でデビュー。この75年に出した「スモーキン’ブギ」が大ヒットして、その歌詞のユニークさと、リーゼントにつなぎルックで一躍脚光を浴びることとなりました。

「朝から晩までスモーキン’ブギ♪」とブギのリズムで繰り返す「スモーキン’ブギ」ですが、現在ではとても流行りそうもない歌詞に時代を感じてしまいます。

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