1977年のヒット曲 YoutubeでPV視聴ヒットパレード【無料音楽動画試聴BLOG】

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アース・ウインド&ファイア(EW&F)「宇宙のファンタジー」

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アース・ウインド&ファイア(EW&F)「宇宙のファンタジー」無料音楽動画視聴
アース・ウインド&ファイア(EW&F)の「宇宙のファンタジー」です。

この「宇宙のファンタジー」は、1977年に発売されたアース・ウインド&ファイア(EW&F)のアルバム『太陽神』に収録された大ヒット曲で、アース・ウインド&ファイア(EW&F)ならではの、壮大でドラマチックなアップテンポで爽快な美しいメロディーが印象的な彼等の代表曲です。

宇宙のファンタジー」の大ヒットにより、アース・ウインド&ファイア(EW&F)は日本でも広く知れ渡ることになりました。なお、この「宇宙のファンタジー」は、フジテレビ系ドラマ『電車男』の挿入歌にも使用され、2009年にはTBS系ドラマ『ラブシャッフル』の主題歌としても起用されています。ともかく歴史的な1曲です

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QUEEN(クイーン)「ウィ・ウィル・ロック・ユー(We Will Rock You)」

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QUEEN(クイーン)「ウィ・ウィル・ロック・ユー(We Will Rock You)」無料音楽動画視聴
イギリスのロックバンドQUEENクイーンの代表曲「We Will Rock Youウィ・ウィル・ロック・ユー」です。

この「We Will Rock Youウィ・ウィル・ロック・ユー」は、作詞・作曲はブライアン・メイで、1977年リリースのアルバム『世界に捧ぐ』に収録され、「伝説のチャンピオン」とカップリングでシングルカット。「ドンドンチャ」のリズムは、教会を改造したスタジオで録音され、QUEENクイーンのメンバー一人一人が1拍目、2拍目は床を踏み鳴らし、3拍目は手拍子を打ち、4拍目は休符。これを幾重にも多重録音(オーヴァーダビング)することで、ドラムもベースも使わずにリズムを表現。フレディ・マーキュリーの歌うメロディにはあまり音程の上下がなく、彼独特の鋭く張りのある声質と韻を踏む歌詞でインパクトを強めています。

QUEENクイーンの楽曲の中でも最も有名な曲のひとつとして日本でも広く知られている「We Will Rock Youウィ・ウィル・ロック・ユー」、現在でも各メディアでBGMとして使用されていますが、記憶に残っているところでは、K1戦士のアンディ・フグ(格闘家)の入場曲として使用されていた他、2005年の日本テレビ系列ドラマ『anego』のオープニングテーマとして、また2008年には日本テレビ系列ドラマ『1ポンドの福音』のイメージソングとして使用されていました。

渡辺真知子「迷い道」

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渡辺真知子「迷い道」無料音楽動画視聴
迷い道」は、1977年11月1日に発売された渡辺真知子のデビューシングルで、オリコンチャート最高3位となり61万枚をセールスした、渡辺真知子の代表曲です。

渡辺真知子は、75年ヤマハポプコンに出場し審査員特別賞を受賞したシンガーソングライターで、音楽的には、後の小林明子や辛島美登里へとつながる流れの源流にあるといってもよいのではないでしょうか?77年リリースのこの「迷い道」がいきなりのブレークし、一躍人気アーティストの仲間入りをします。

この年、渡辺真知子は、大晦日の第29回NHK紅白歌合戦にこの「迷い道」で初出場を果たします。さらに「迷い道」は、翌78年のオリコン年間シングル売り上げで第11位を記録する大ヒットとなりました

山口百恵「秋桜(コスモス)」

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秋桜コスモス」は、1977年10月1日にリリースされた山口百恵の19枚目のシングルで、オリコンチャート最高3位となって46万枚を売り上げた、山口百恵の代表曲です。

この「秋桜コスモス」は、グレープを解散してソロとして「雨やどり」が大ヒットした直後のさだまさしの作品で、嫁ぐ娘が母を想うという内容の曲で、結婚式での定番ソングのひとつとなっており、福山雅治、平原綾香等によってジャンルを問わず数多くの歌手によりカバーされています。

山口百恵は、この「秋桜コスモス」で第19回日本レコード大賞で歌唱賞を、作詩のさだまさしは西条八十賞を受賞。ちなみにタイトルの「秋桜」は「あきざくら」という読みでしたが、この歌のヒットにより「コスモス」と読むことの方が一般的になりました。

矢沢永吉「黒く塗りつぶせ」

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矢沢永吉「黒く塗りつぶせ」無料音楽動画視聴
初期の矢沢永吉のロックンロールナンバーで、矢沢永吉4枚目のシングル「黒く塗りつぶせ」です。

この「黒く塗りつぶせ」は、同年発売の矢沢永吉の3rdアルバム『ドアを開けろ』からのシングルカットで、1977年6月21日にリリースされました。

「俺のハートはget no satisfied♪」で始まる歌い出しが印象的な「黒く塗りつぶせ」は、同アルバムの中でも、飛びっきしイカしたロックンロール・ナンバーでした。

世良公則&ツイスト「あんたのバラード」

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あんたのバラード」は、1977年11月25日に発売された世良公則&ツイストのデビューシングルで、43万枚を売上げオリコンチャート最高6位となった、世良公則&ツイストのヒット曲です。

世良公則&ツイストは、世良公則を中心に結成された日本のロックバンドで、77年のポプコンでグランプリを獲得しメジャーデビューします。セクシーな世良公則のボーカルスタイルは女性から高い人気を得て、70年代後半最も人気があったロックバンドでした。

この「あんたのバラード」のヒットを皮切りに、世良公則&ツイストは次々とヒット曲を連発。翌78年発売のデビューアルバム『世良公則&ツイスト』は三週でチャートの1位を記録しました。また78年のNHK紅白歌合戦にも「あんたのバラード」で初出場しています。

松山千春「時のいたずら」

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松山千春「時のいたずら」無料音楽動画視聴
時のいたずら」は、1977年11月25日に発売された松山千春の3rdシングルで、オリコンチャート最高29位で14万枚を売り上げた、松山千春の人気のナンバーです。

この「時のいたずら」は、そこそこヒットでしたが、このヒットを足がかりに、松山千春の名を全国区へと知らしめた78年の大ヒット「季節の中で」の布石ともなった1曲です。

また「時のいたずら」は、松山千春のほとんどのベストアルバムにも収められている、初期の松山千春の人気曲にもなっています。

松山千春「旅立ち」

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1977年1月25日に発売された松山千春のデビューシングル「旅立ち」です。

松山千春は、76年に北海道のラジオ番組でメディアにデビューして、翌年の1月25日にこの「旅立ち」でレコードデビューしました。デビュー当初は北海道内のローカルな人気でしたが、徐々に全国的な話題へとなっていき、人気フォークシンガーの仲間入りをすることになります。

ちなみに「旅立ち」のB面には「初恋」が収録。両曲とも初期の松山千春の代表曲として、長く松山千春ファンに愛され続けられている名曲です。

アリス「冬の稲妻」

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冬の稲妻」は、1977年10月5日に発売されたアリスの11枚のシングルで、オリコンチャート最高8位となって55万枚を売り上げた、アリスの代表曲です。

当初、アリスはフォーク・グループとして活動していました。そんなアリスが、この「冬の稲妻」のブレークによってフォークの枠にとらわれることなく独自の音楽を展開し、次第にロック調の楽曲が増えバックミュージシャンも、エレキギター、シンセサイザー等を従えた本格的バンド編成となり、派手なステージ活動をしていきます。

そんな「冬の稲妻」は、オリコンチャートでアリス初となるトップ10入りをし、当時放送が始まったばかりのTBS系『ザ・ベストテン』では、第5回が放送された78年2月16日に第9位でベストテン入りし、最高5位となって6週連続でベストテン入りをします。

沢田研二「勝手にしやがれ」

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沢田研二「勝手にしやがれ」無料音楽動画
勝手にしやがれ」は、1977年5月21日にリリースされた沢田研二通算19枚目のソロシングルで、そのスリリングな曲調や、脱アイドル的姿勢も垣間見れる歌詞などが特徴的な楽曲で、約89万枚売上げた同年を代表するヒット曲です。

「時の過ぎゆくままに」のヒット以降、セールス的にはチャート上位を賑わせるまでに至らなかった沢田研二が、「勝手にしやがれ」では4作ぶりのオリコンチャート1位を獲得し、沢田研二として2番目のセールスを記録している曲でもあります。

また「勝手にしやがれ」は、第19回日本レコード大賞、第8回日本歌謡大賞、第10回日本有線大賞で大賞を受賞。同年の第28回紅白歌合戦にも出場するなど、まさに沢田研二の代表曲と言えるでしょう。この年の暮れの音楽番組では、クリーム色のスリーピースで、歌いながら帽子を投げる沢田研二のパフォーマンスが視聴者に強い印象を残しました。

山口百恵「イミテイション・ゴールド」

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イミテイション・ゴールド」は、1977年7月1日に発売された山口百恵の18枚目のシングルで48万枚の売上げでオリコン最高2位となった山口百恵のヒット曲です。

山口百恵は、この「イミテイション・ゴールド」で、同年の第28回NHK紅白歌合戦に4回目の出場を果たします。また、この山口百恵の「イミテイション・ゴールド」は、03年にB'zの松本孝弘と倉木麻衣のコラボレーションでカバーされてヒットしました。

ちなみに、この「イミテイション・ゴールド」も、阿木燿子・宇崎竜童夫妻の作品ですが、自曲の作家として阿木・宇崎を指名したのは、周囲のスタッフではなく山口百恵本人だったそうです。

ダリル・ホール&ジョン・オーツ「Rich Girl」

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ダリル・ホール&ジョン・オーツ「Rich Girl」無料音楽動画視聴
ダリル・ホール&ジョン・オーツの1977年の大ヒット曲「Rich Girl」です。

この「Rich Girl」は、ダリル・ホール&ジョン・オーツの76年のアルバム『Bigger than the Both of Us』からのシングルカットで、2週連続全米No.1となった彼らの2ndシングルになります。

ちなみに、ダリル・ホール&ジョン・オーツは、この「Rich Girl」を振り出しに、84年の「Out Of Touch」まで通算6曲の全米ナンバーワンヒットを生み出しています。

キャンディーズ「暑中お見舞い申し上げます」

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暑中お見舞い申し上げます」は、1977年6月21日に発売されたキャンディーズの14枚目のシングルで、オリコンチャート最高5位となって30万枚を売り上げた、キャンディーズのヒット曲です。

前年リリースされた「夏が来た!」とともに、キャンディーズを代表するサマーソングとなる「暑中お見舞い申し上げます」です。

この「暑中お見舞い申し上げます」がヒットしていた同年7月17日、キャンディーズは日比谷野外音楽堂のコンサートで「普通の女の子に戻りたい」と発言し、キャンディーズは突然の解散する意思を発表。ファンにとってはとんでもない暑中見舞いになってしまった記憶に残る曲でした。

原田真二「シャドーボクサー」

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シャドーボクサー」は、1977年12月20日に発売された原田真二の3rdシングルで、オリコンチャート最高14位となって23万枚を売り上げた、原田真二のヒット曲です。

原田真二の「シャドーボクサー」は、78年1月23日付けオリコンチャートで「てぃーんずぶるーす」「キャンディ」と同時に、3曲がBEST20にランクインする快挙を達成します。

また当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』で、「シャドーボクサー」は、第5回が放送された78年2月16日に第10位でベストテン入りすると、4週連続合計6週に亘ってベストテン入りをしています

太田裕美「しあわせ未満」

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しあわせ未満」は、1977年1月20日に発売された太田裕美の7枚目のシングルで、オリコンチャート最高4位となって31万枚を売り上げた、太田裕美のヒット曲です。

太田裕美は、76年から977年にかけて、この「しあわせ未満」をはじめ、「赤いハイヒール」「最後の一葉」「九月の雨」などのヒット曲を連発させますが。その一方で、多忙をきわめ、喉を痛めるなどの苦労もあったようです。

既存のアイドル歌手にはない清潔さと気品を感じさせる太田裕美は、ニューミュージック系歌手にありがちな暗く孤高なイメージも皆無だった事も手伝って、当時の若者に絶大な人気を誇ります。ちなみに、この「しあわせ未満」あたりから太田裕美の音楽がニューミュージック化していったように個人的には思っています。

ビリー・ジョエル「ストレンジャー」

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ストレンジャー」は、1978年5月21日に発売されたビリー・ジョエルのシングルで、オリコンチャート最高2位となって47万枚を売り上げた、ビリー・ジョエルの代表曲です。

ビリー・ジョエルが、77年に発表した5枚目のアルバム『ストレンジャー』のタイトルナンバーのこの「ストレンジャー」は、アメリカではシングル発売されていませんが、日本独自にシングル化されて大ヒット。当時の日本のディスコでは、統一された振り付けで揃って踊られていました。

特に「ストレンジャー」のイントロ部分の口笛が効果的で、ビリー・ジョエルを一躍スターダムへとのしあげた、個人的にも大好きな1曲です。ちなみに、ホンダの初代CR-VのCMにも使用されていました。

桜田淳子「気まぐれヴィーナス」

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気まぐれヴィーナス」は、1977年5月15日に発売された桜田淳子の19枚目のシングルで、オリコンチャート最高7位となって21万枚を売り上げた、桜田淳子のヒット曲です。

桜田淳子は、この「気まぐれヴィーナス」で、同年行われた第28回NHK紅白歌合戦に4度目の出場を果し、紅組のトップバッターを務めました。この時、桜田淳子は"去年のトマトは 青くて固かったわ♪"の部分を、"白くて駄目だったわ♪"と即興で歌詞を替えて歌って紅白を盛り上げていました。

また松田聖子は、この「気まぐれヴィーナス」を吹き込んだテープを送って、スカウトされるきっかけとなったそうです。ちなみに、ものまねタレントのコロッケのレパートリーにも入っている桜田淳子の代表曲です。

松崎しげる「愛のメモリー」

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愛のメモリー」は、1977年8月10日に発売された松崎しげるのシングルで、オリコンチャート最高2位となって64万枚を売り上げた、松崎しげるの代表曲です。

この「愛のメモリー」は、76年のスペイン・マジョルカ音楽祭で歌った「愛の微笑」が最優秀歌唱賞と第二位となって、その1年後にアレンジ・歌詞の一部を変えて、当時話題のカップルであった三浦友和と山口百恵の共演するグリコ・アーモンド・チョコレートのCMソングとしてリリースされ大ヒットとなりました。

また「愛のメモリー」の大ヒットにより松崎しげるは、同年の日本レコード大賞歌唱賞受賞 、日本歌謡大賞放送音楽賞受賞などの数々の賞に輝き、その年の第28回NHK紅白歌合戦にも初出場を果たし、トップシンガーとしての地位を獲得します。さらに「愛のメモリー」は、翌78年の第50回選抜高等学校野球大会の入場行進曲に採用され、自らも高校球児だった松崎しげるは「(甲子園のグラウンドに立つという)ガキの頃からの夢がかなった」と感無量だったそうです。

さだまさし「案山子(かかし)」

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「案山子(かかし)」は、1977年11月25日に発売されたさだまさしのソロ4枚目のシングルで、オリコンチャート最高15位となって13万枚を売り上げた、さだまさしの名曲です。

さだまさしの音楽は、さだまさし自身が故郷長崎を幼少時代に離れたことから、ふるさとと都会の距離感を歌う”望郷の歌”が数多く、この「案山子(かかし)」は、そんなさだまさしを代表する1曲でもあります。

現在、一般に言われているさだまさしの名曲のほとんどは、グレープとしてデビューした73年~81年までの楽曲が多く、06年の第57回NHK紅白歌合戦でもさだまさしは、この「案山子(かかし)」で18回目の出場を果たしています。ちなみに、96年の第47回NHK紅白歌合戦で「案山子(かかし)」は歌唱され、時代を超えて広く親しまれている名曲です。

岡田奈々「らぶ・すてっぷ・じゃんぷ」

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70年代後半のトップアイドルであった、岡田奈々の「らぶ・すてっぷ・じゃんぷ」です。

岡田奈々は、74年にオーディション番組「あなたをスターに!」の第2回チャンピオンとなり、翌1975年に「ひとりごと」で歌手デビュー。グリコ ポッキーの初代CMガールとして活躍し、ヒット曲には「青春の坂道」などがありました。

この「らぶ・すてっぷ・じゃんぷ」も、チャートインはしなかったものの、テレビの歌番組にも出演しており、そこそこは売れたと思います。ちなみに、熱心すぎるファンによる岡田奈々監禁事件が起きたのは、この「らぶ・すてっぷ・じゃんぷ」が発売された1977年のことでした。

ザ・ドリフターズ「ゴー・ウエスト」

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77年、西遊記をテーマにしたザ・ドリフターズ出演によるTBS系テレビ人形劇『飛べ!孫悟空』の劇中で使用されてた挿入歌「ゴー・ウエスト」です。

テレビ人形劇『飛べ!孫悟空』は、ザ・ドリフターズのメンバーを西遊記の登場人物にたとえ、ザ・ドリフターズのメンバーそっくりの人形で登場。本来の西遊記では三蔵一行は4人であるのに対し、『飛べ!孫悟空』ではザ・ドリフターズは5人である為、加藤茶だけは『8時だョ!全員集合』の酔っ払いハゲ親父のキャラクターで三蔵一行になぜか付きまとい、「カトウ」という役名で出演していました。

なお、ザ・ドリフターズが三蔵法師一行を演じたそのイメージから、この番組を見ていた世代には、西遊記の三蔵法師一行を5人編成と勘違いしている方も少なくないそうです。ちなみに同番組の主題歌「スーパーモンキー孫悟空」は、ピンク・レディーが歌っていました。

イーグルス「ホテル・カリフォルニア」

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イーグルス「ホテル・カリフォルニア」無料音楽動画視聴
イーグルスの70年代のアメリカンロックを代表する曲のひとつとなった「ホテル・カリフォルニア(Hotel California)」で、日本では1977年4月25日に発売されオリコンチャート最高15位で33万枚を売り上げています。

イーグルスは、デビューアルバム『イーグルス・ファースト(邦題)』のタイトル曲となった軽快なナンバー「Take It Easy」がいきなりヒットし、瞬く間に70年代に一世を風靡したウエストコーストのサウンドで、アメリカンロックを代表するロックグループの仲間入りをします。この「ホテル・カリフォルニア」は、76年発売の同名アルバム『ホテル・カリフォルニア』からのシングルカット曲で、どうアルバムは同年のにおけるグラミー賞最優秀レコードを受賞しています。

このアルバム『ホテル・カリフォルニア』のジャケットに写っている建物は、ホテル・カリフォルニアという名前のものではなく、サンセット通りにある愛称「ピンク・パレス」という高級ホテル「ビバリーヒルズホテル」です。このアルバム・ジャケットに利用されて以降、ひとつの観光スポットにもなり、のちにジュリア・ロバーツ主演の映画「プリティ・ウーマン」の舞台にもなりました。

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