1978年のヒット曲 YoutubeでPV視聴ヒットパレード【無料音楽動画試聴BLOG】

YOUTUBEPV視聴ヒットパレード【無料音楽動画試聴BLOG】』は、無料視聴できるYOUTUBE等のPV音楽動画を紹介しています。
[ドラマの主題歌] [サイトマップ] [RSS] [ADMIN]

スポンサーサイト

Edit
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

イーグルス「ふたりだけのクリスマス」

Edit

イーグルス「ふたりだけのクリスマス」無料音楽動画視聴
イーグルスEaglesの1978年リリースしたクリスマスソング「ふたりだけのクリスマス(Please Come Home For Christmas)」です。

この「ふたりだけのクリスマス」は、イーグルスのオリジナルではなく、1961年にヒットしたチャールズ・ブラウンの代表曲「Please Come Home For Christmas」のカバーで、典型的なR&Bバラードの流れに乗ってドン・ヘンリーの哀愁漂うボーカルが優しく響くイーグルスの隠れた名曲です。

ちなみに「ふたりだけのクリスマス」のレコードジャケットは、プールサイドのクリスマス・ツリーとリラックスする水着姿のイーグルスのメンバー達のジャケット写真というもので、個人的にはこの微妙なアンマッチ感が印象に残っています。

スポンサーサイト

渡辺真知子「迷い道」

Edit

渡辺真知子「迷い道」無料音楽動画視聴
迷い道」は、1977年11月1日に発売された渡辺真知子のデビューシングルで、オリコンチャート最高3位となり61万枚をセールスした、渡辺真知子の代表曲です。

渡辺真知子は、75年ヤマハポプコンに出場し審査員特別賞を受賞したシンガーソングライターで、音楽的には、後の小林明子や辛島美登里へとつながる流れの源流にあるといってもよいのではないでしょうか?77年リリースのこの「迷い道」がいきなりのブレークし、一躍人気アーティストの仲間入りをします。

この年、渡辺真知子は、大晦日の第29回NHK紅白歌合戦にこの「迷い道」で初出場を果たします。さらに「迷い道」は、翌78年のオリコン年間シングル売り上げで第11位を記録する大ヒットとなりました

渡辺真知子「かもめが翔んだ日」

Edit

渡辺真知子「かもめが翔んだ日」無料音楽動画視聴
かもめが翔んだ日」は、1978年4月21日に発売された渡辺真知子のシングルで、46万枚を売り上げオリコンチャート最高5位となった、渡辺真知子の代表曲です。

渡辺真知子は、その伸びやかな高音域を誇る歌声でファンを魅了し、次世代のニューミュージック系のアーティストとして一躍注目され、竹内まりや、庄野真代と並んぶ、70~80年代を代表する「女性実力派シンガー」です。

渡辺真知子は、この年「かもめが翔んだ日」「ブルー」と立て続けにヒットを飛ばし、同年暮れの日本レコード大賞では、この「かもめが翔んだ日」で最優秀新人賞を見事射止めることとなりました。

世良公則&ツイスト「銃爪」

Edit

世良公則&ツイスト「銃爪」無料音楽動画視聴
銃爪」は、1978年8月10日に発売された世良公則&ツイストの3rdシングルで、オリコンチャート第1位に輝き54万枚を売り上げた、世良公則&ツイストの代表曲です。

この「銃爪」は、世良公則&ツイストの最大のヒット曲で、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、10週連続の1位を記録し、これは「ルビーの指環」の12週連続に次ぐ歴代2位となる記録になります。

また「銃爪」は、78年に放送開始された『ザ・ベストテン』の初年度年間第1位に輝き、同年のオリコン年間シングル売り上げ第17位を記録する大ヒットとなりました。

平尾昌章&畑中葉子「カナダからの手紙」

Edit

平尾昌章&畑中葉子「カナダからの手紙」無料音楽動画視聴
カナダからの手紙」は、1978年1月10日に発売された平尾昌章&畑中葉子のシングルで、オリコンチャート第1位に輝き70万枚を売り上げた、平尾昌章&畑中葉子の代表曲です。

畑中葉子は、平尾昌章歌謡スクール出身で平尾昌章とのデュエット曲の「カナダからの手紙」でデビューして大ヒット。当時始まったばかりのTBS系『ザ・ベストテン』では、第5回が放送された78年2月16日のスポットライトのコーナーで初出演すると、翌週には第10位で初のベストテン入りし、最高6位となって6週連続でベストテン入りをしました。

この「カナダからの手紙」の大ヒットで平尾昌章畑中葉子の二人は、同年の第29回NHK紅白歌合戦に初出場をしますが、その後畑中葉子は日活ロマンポルノに出演し、迫真の演技で人気女優となるなどこの頃は誰も想像すらしていませんでした。ちなみに、「カナダからの手紙」は、同年のオリコン年間シングル売り上げ第7位に記録されるヒットでした。

世良公則&ツイスト「あんたのバラード」

Edit

世良公則&ツイスト「あんたのバラード」無料音楽動画視聴
あんたのバラード」は、1977年11月25日に発売された世良公則&ツイストのデビューシングルで、43万枚を売上げオリコンチャート最高6位となった、世良公則&ツイストのヒット曲です。

世良公則&ツイストは、世良公則を中心に結成された日本のロックバンドで、77年のポプコンでグランプリを獲得しメジャーデビューします。セクシーな世良公則のボーカルスタイルは女性から高い人気を得て、70年代後半最も人気があったロックバンドでした。

この「あんたのバラード」のヒットを皮切りに、世良公則&ツイストは次々とヒット曲を連発。翌78年発売のデビューアルバム『世良公則&ツイスト』は三週でチャートの1位を記録しました。また78年のNHK紅白歌合戦にも「あんたのバラード」で初出場しています。

長渕剛「巡恋歌」

Edit

長渕剛「巡恋歌」無料音楽動画視聴
巡恋歌」は、1978年10月5日にリリースされた長渕剛の2度目のデビュー・シングル。儚い女の恋心を歌った悲恋の曲であり、どちらかといえば演歌や歌謡曲に近い、初期の長渕剛の代表曲です。

長渕剛は、96年のポプコン九州大会で優勝し、翌77年に「雨の嵐山」によってデビューしますが、本人の理想とはかけ離れた活動を余儀なくされ、故郷である九州に帰ることになってしまいます。その後、再起をかけて、翌97年のポプコン九州大会で再び優勝、つま恋で行われた本選でも入賞し、この「巡恋歌」で再デビューすることとなりました。

また、92年には「巡恋歌’92」として再発売、67万枚を売り上げてオリコンチャート1位に輝く大ヒットとなります。90年代頃からのドラマやCMなどとのタイアップで、ヒット曲が多く生まれていた状況の中で、ノンタイアップでこれだけのヒットは見事としか言いようがありません。

甲斐バンド「HERO~ヒーローになる時、それは今」

Edit

甲斐バンド「HERO~ヒーローになる時、それは今」無料音楽動画視聴
HEROヒーローになる時、それは今」は、1978年12月20日に発売された甲斐バンドの11枚目のシングルで、オリコンチャート第1位となって64万枚を売り上げた、甲斐バンドの代表曲です。

この「HEROヒーローになる時、それは今」は、SEIKOのCMソングに使われてその人気に火が付き、甲斐バンドとして初のチャート1位に輝いて、甲斐バンドの快進撃が始まった甲斐バンドの大出世作になり、翌79年のオリコン年間シングルチャートで第13位に記録される大ヒットになっています。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』で「HEROヒーローになる時、それは今」は、第56回が放送された79年2月15日に第6位でベストテン入りすると、最高3位となって9週連続でベストテン入りをしています。ちなみに当時、甲斐バンドはほとんどテレビへの出演を拒否していましたが、この「HEROヒーローになる時、それは今」では、一度だけライブからの中継でザ・ベストテンに出演しています。

サザンオールスターズ「気分しだいで責めないで」

Edit

サザンオールスターズ「気分しだいで責めないで」無料音楽動画視聴
気分しだいで責めないで」は、1978年11月25日に発売されたサザンオールスターズの2ndシングルで、オリコンチャート最高10位となって28万枚を売り上げた、サザンオールスターズのヒット曲です。

この「気分しだいで責めないで」は、デビュー曲「勝手にシンドバッド」のいきなりのヒットから、まだコミックバンドやイロモノとの印象があった中でリリースされ、「勝手にシンドバッド」と同じ路線をという事務所側から半強制的に作らされた作品の為、桑田佳祐はこの「気分しだいで責めないで」を嫌って発売から10年以上サザンオールスターズのライブで演奏されずにいました。

なお、この「気分しだいで責めないで」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第50回が放送された78年12月28日に第10位でベストテン入りすると、最高7位となって7週連続でベストテン入りをしています

榊原郁恵「夏のお嬢さん」

Edit

榊原郁恵「夏のお嬢さん」無料音楽動画視聴
夏のお嬢さん」は、1978年7月1日に発売された榊原郁恵の7枚目のシングルで、オリコンチャート最高11位で20万枚を売り上げた、榊原郁恵の代表曲です。

この「夏のお嬢さん」はTBS系『ザ・ベストテン』では、第30回が放送された78年8月10日に第10位でベストテン入りし、最高5位となって6週連続でベストテン入りをしました。また、グリコ「パピコ」のCMソングとして、”ビキニ”を”パピコ”に替えた歌が使われてました。

アイドル榊原郁恵としては、この頃が人気絶頂期。”ピチピチ”な肢体を小さめの三角ビキニに包んで、数多くのグラビアやアイドル水泳大会などで惜しげもなくその肢体を披露し、自ら「夏のお嬢さん」となって、当時の青少年はそのチュゥチュゥにクラクラになったとか(?)。

柳ジョージ&レイニーウッド「雨に泣いてる…」

Edit

柳ジョージ&レイニーウッド「雨に泣いてる…」無料音楽動画視聴
雨に泣いてる…」は、1978年12月1日に発売された柳ジョージ&レイニーウッドのシングルで、オリコンチャート最高20位となって12万枚を売り上げた、柳ジョージ&レイニーウッドの代表曲です。

この「雨に泣いてる…」は、78年にリリースの柳ジョージ&レイニーウッドの2ndアルバム『WEEPING IN THE RAIN』のアルバムタイトル曲が、萩原健一主演のテレビドラマ『死人狩り』のテーマソングに使われ、英語の歌詞を日本語歌詞に代え「雨に泣いてる…」のタイトルでシングルカットしヒットしました。

個人的に当時クラプトンに狂っていた私にとって、この「雨に泣いてる…」と出会った時の感動は、今でも忘れられないものがあり、柳ジョージ&レイニーウッドの奏でるR&Bをベースにした心地よいブルースロックは今聞いても新鮮さを覚えてしまいます。

沢田研二「LOVE(抱きしめたい)」

Edit

沢田研二「LOVE(抱きしめたい)」無料音楽動画
LOVE(抱きしめたい)」は、沢田研二として25枚目のシングルで1978年9月10日発売。50万枚近くのセールスを記録し、オリコンシングルチャート最高2位となったヒット曲です。

前年のレコード大賞受賞の勢いをかり、同年の沢田研二は「サムライ」に始まって「ダーリング」「ヤマトより愛をこめて」「LOVE(抱きしめたい)」とヒット曲を重ね、同曲により第20回日本レコード大賞最優秀歌唱賞、第5回FNS歌謡祭グランプリなどを受賞。

更に、大晦日の第29回NHK紅白歌合戦では、それまで演歌歌手が独占していた大トリをポップス系の歌手として、沢田研二が「LOVE(抱きしめたい)」で初めて務める事になります。(ちなみに、紅組のトリは山口百恵の「プレイバックPART2」でした。)

ゴダイゴ「ガンダーラ」

Edit

ゴダイゴ「ガンダーラ」無料音楽動画視聴
ガンダーラ」は、1978年10月25日のリリースされたゴダイゴの7枚目のシングルで、オリコンチャート最高2位となって89万枚を売り上げた、ゴダイゴの代表曲です。

この「ガンダーラ」は、78年放送の日本テレビ系ドラマ『西遊記』のエンディング・テーマとして使用され、ジャケットではミッキー吉野が猪八戒、タケカワユキヒデが沙悟浄、浅野孝已が三蔵法師、トミー・スナイダーが孫悟空に扮していました。

また「ガンダーラ」は、ゴダイゴ最大のヒット曲で、翌79年はゴダイゴの人気絶頂期で、オリコン・シングルチャートにおいては、この「ガンダーラ」、「モンキー・マジック」、「銀河鉄道999」の3曲で通算9週連続2位という珍記録も残しました。ちなみに「ガンダーラ」は、79年のオリコン年間シングルチャートで第6位に記録される大ヒットでした。

研ナオコ「窓ガラス」

Edit

研ナオコ「窓ガラス」無料音楽動画視聴
窓ガラス」は、1978年7月10日に発売された研ナオコの17枚目のシングルで、オリコンチャート最高8位となって24万枚を売り上げた、研ナオコのヒット曲です。

この「窓ガラス」も、中島みゆき作詞作曲の提供曲で、この頃の研ナオコのコンサートでは、まだ無名時代のアルフィーがバックバンドを務めていました。。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第32回が放送された78年8月24日に「窓ガラス」は第8位でベストテン入りすると、第34回、第36回、第37回でもベストテン入りし、最高7位となっています。

矢沢永吉「時間よ止まれ」

Edit

矢沢永吉「時間よ止まれ」無料音楽動画視聴
時間よ止まれ」は、1978年3月21日に発売された矢沢永吉の5枚目のシングルで、オリコンチャート第1位に輝き69万枚を売り上げた、矢沢永吉の代表曲です。

キャロル解散後、75年に「I LOVE YOU, OK」でソロとして活動を始めた矢沢永吉の勢いは止まることを知らず、77年には日本のロック・ソロアーティストとしては初の武道館単独公演を、矢沢永吉は成功させます。そして、この「時間よ止まれ」の大ヒットによって、ロック界におけるスーパー・スターとして地位を確立させる事となります。

また矢沢永吉と言えば、それまでははロックンロールのイメージが強かったのですが、夏の恋を歌ったバラード曲の「時間よ止まれ」は、そんな矢沢永吉のイメージを払拭し、資生堂「夏のキャンペーン」のCMソングとして使用されて大ヒットとなりました。ちなみに、「時間よ止まれ」は、同年のオリコン年間シングルチャート第9位に記録されています。

南沙織「春の予感 -I've been mellow-」

Edit

南沙織「春の予感 -I've been mellow-」無料音楽動画視聴
1978年1月21日に発売された南沙織の25枚目のシングル「春の予感 -I've been mellow-」です。

74年頃までの南沙織の楽曲は、筒美京平によるものが多かったのですが、75年発売の「人恋しくて」(田山雅充作曲)以降は、ニューミュージック系のライターによる作品も多くなり、この「春の予感 -I've been mellow-」は尾崎亜美の作品。

この「春の予感 -I've been mellow-」は、同年の資生堂のCMソングに使用されてヒットした、学業に専念するためにこの年10月に歌手引退をする南沙織の、この年の代表曲になります。

研ナオコ「かもめはかもめ」

Edit

研ナオコ「かもめはかもめ」無料音楽動画視聴
かもめはかもめ」は、1978年3月25日に発売された研ナオコの16枚目のシングルで、オリコンチャート最高7位となって33万枚を売り上げた、研ナオコの代表曲です。

研ナオコは、中島みゆきのデビュー曲「アザミ嬢のララバイ」を聴いて衝撃を受け、彼女に楽曲提供を依頼。この「かもめはかもめ」や「あばよ」は研ナオコの代表曲となりますが、中島みゆき曰く「私はあなたの筆記用具でしかない」と言わしめる程、中島みゆきの楽曲を歌うことにおいて高い評価を得ていました。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第11回が放送された78年3月30日のスポットライトで「かもめはかもめ」が取り上げられると、第18回が放送された78年5月18日に第10位でベストテン入りし、翌週の第19回も10位となって2週連続でベストテン入りしました。

ゴダイゴ「モンキー・マジック(Monkey Magic)」

Edit

ゴダイゴ「モンキー・マジック(Monkey Magic)」無料音楽動画視聴
モンキー・マジック(Monkey Magic)」は、1978年12月25日にリリースしたゴダイゴの7枚目のシングルで、オリコンチャート最高2位となって57万枚を売り上げた、ゴダイゴの代表曲です。

この「モンキー・マジック(Monkey Magic)」は、日本テレビ系ドラマ「西遊記」オープニングテーマで、ドラマの人気と相まって大ヒット。曲の演奏途中でボーカルのタケカワユキヒデが指先から蜘蛛の糸を出すパフォーマンスは注目を集め、当時では珍しい全編英語歌詞の楽曲でした。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第56回が放送された79年2月15日に第7位で「モンキー・マジック(Monkey Magic)」はベストテン入りし、最高4位となって10週連続でベストテン入り。しかも8週に亘って前作の「ガンダーラ」とともにゴダイゴは同時ベストテン入りしています。

ピンク・レディー「カメレオン・アーミー」

Edit

ピンク・レディー「カメレオン・アーミー」無料音楽動画視聴
カメレオン・アーミー」は、1978年12月5日に発売されたピンク・レディーの10枚目のシングルで、オリコンチャート第1位となって70万枚を売り上げた、ピンク・レディーの大ヒット曲です。

この「カメレオン・アーミー」は、オリコンチャート初登場が88位であったものの翌週1位という珍記録を達成。これは、正式な発売日以前にフライング発売された分がオリコンに集計された為なんだとか。ちなみに、ピンク・レディー最後のオリコンチャート1位のヒット曲になります。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第49回が放送された78年12月21日に第9位で「カメレオン・アーミー」はベストテン入りし、最高4位となって9週連続でベストテン入り。翌79年のオリコン年間シングルチャートでも第10位に記録される大ヒットでした。

ピンク・レディー「透明人間」

Edit

ピンク・レディー「透明人間」無料音楽動画視聴
透明人間」は、1978年9月9日に発売されたピンク・レディーの9枚目のシングルで、オリコンチャート第1位となって89万枚を売り上げた、ピンク・レディーの大ヒット曲です。

この「透明人間」は、三角ブラとホットパンツを基調としたシースルーの衣装が話題になり、ピンク・レディーの二人の姿が消えるなどの演出が話題になりました。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第38回が放送された78年9月9日に第10位で「透明人間」はベストテン入りし、最高4位となって10週連続でベストテン入り。同年のオリコン年間シングルチャートでも第6位に記録される大ヒットでした。

山口百恵「プレイバックPart2」

Edit

山口百恵「プレイバックPart2」無料音楽動画視聴
プレイバックPart2」は、1978年5月1日に発売された山口百恵の22枚目のシングルで、オリコンチャート最高2位となって51万枚を売り上げた、山口百恵の代表曲です。

山口百恵はこの「プレイバックPart2」で、同年の第29回NHK紅白歌合戦では紅組のトリを勤め、これは10代の歌手が初めて紅白のトリを務めたことになり、現在まで山口百恵の他には誰もいません。

ちなみに、この「プレイバックPart2」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第15位に記録される大ヒットでした。

ビリー・ジョエル「ストレンジャー」

Edit

ビリー・ジョエル「ストレンジャー」無料音楽動画視聴
ストレンジャー」は、1978年5月21日に発売されたビリー・ジョエルのシングルで、オリコンチャート最高2位となって47万枚を売り上げた、ビリー・ジョエルの代表曲です。

ビリー・ジョエルが、77年に発表した5枚目のアルバム『ストレンジャー』のタイトルナンバーのこの「ストレンジャー」は、アメリカではシングル発売されていませんが、日本独自にシングル化されて大ヒット。当時の日本のディスコでは、統一された振り付けで揃って踊られていました。

特に「ストレンジャー」のイントロ部分の口笛が効果的で、ビリー・ジョエルを一躍スターダムへとのしあげた、個人的にも大好きな1曲です。ちなみに、ホンダの初代CR-VのCMにも使用されていました。

PVアーティスト一覧























上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。