1981年のヒット曲 YoutubeでPV視聴ヒットパレード【無料音楽動画試聴BLOG】

YOUTUBEPV視聴ヒットパレード【無料音楽動画試聴BLOG】』は、無料視聴できるYOUTUBE等のPV音楽動画を紹介しています。
[ドラマの主題歌] [サイトマップ] [RSS] [ADMIN]

スポンサーサイト

Edit
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

エレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)「Twilight(トワイライト)」

Edit

エレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)「Twilight(トワイライト)」無料音楽動画視聴
日本におけるエレクトリック・ライト・オーケストラELOの代表曲の「Twilightトワイライト」です。

エレクトリック・ライト・オーケストラELOは、イギリスのバーミンガム出身のロックバンドで、1971年にレコードデビュー。70年代から80年代にかけて世界的な人気を博し、「ロックとクラシックの融合」を目ざして、全盛期には「エレクトリック・ライト・オーケストラELOは、世界、最小で最高のオーケストラ」と言う称号を得ていました。

この「Twilightトワイライト」は、フジテレビ系ドラマ『電車男』のオープニングテーマ。ちなみに、この「Twilightトワイライト」は、Billboard全米TOP40では最高38位の作品ですが、日本では『電車男』をはじめ、DAICON4オープニングアニメ、トヨタ「セリカ・ダブルエックス」CF曲、Lばんスーパーニュース初代オープニングテーマの原曲など数多くタイアップされています。

スポンサーサイト

横浜銀蝿「横須賀Baby」無料音楽動

Edit

横浜銀蝿「横須賀Baby」無料音楽動画視聴
横須賀Baby」は、1980年9月21日に発売された横浜銀蝿のデビューシングルで、シングル売上げ26万枚でオリコンチャート最高12位となった、横浜銀蝿のヒット曲です。

横浜銀蝿の正式名称は「THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL」。リーゼントにサングラス、ライダー革ジャン、白いドカン(ズボン)といった、独特のファッションで、「ツッパリ」「暴走族」といった当時の時代風潮に乗り一気に若者の人気を獲得しました。

横浜銀蝿は、この「横須賀Baby」翌年には「ツッパリHigh School Rock'n Roll登校編」などヒットを飛ばし、お茶の間をツッパリ文化一色に染め上げていきます。その勢いは、当時の幼稚園児までが「ナメんなよ!」と啖呵を切るまでだったとか、、、そんな80年代前半を青春してた方には忘れられない1曲です。

浜田省吾「悲しみは雪のように」

Edit

浜田省吾「悲しみは雪のように」無料音楽動画視聴
悲しみは雪のように」は、1981年9月21日発売のアルバム「愛の世代の前に」に収録され同年11月21日にシングルリリースされた浜田省吾のシングルで、92年に81年リリース曲のリメイク版がフジテレビ系ドラマ「愛という名のもとに」の主題歌として採用されて大ブレークしました。

ドラマ『愛という名のもとに』では、主題歌となった「悲しみは雪のように」の他にも、「愛という名のもとに」「ラストショー」「J.BOY」など多数の浜田省吾の曲がドラマ内で挿入歌として使用され、同時期には浜田省吾の過去にリリースされたアルバムが多数チャートインするという、空前の浜田省吾ブームを引き起こします。

92年再リリースされた「悲しみは雪のように」は、1992年2月1日に発売されてオリコンシングルチャートでいきなり初登場第1位を記録して10週連続でキープします。また、この「悲しみは雪のように」は、シングル売上げ170万枚を超える大ヒットとなり、この年のオリコン年間シングル売上げ第2位に記録されました。

松任谷由実(ユーミン)「恋人がサンタクロース」

Edit

松任谷由実(ユーミン)「恋人がサンタクロース」無料音楽動画視聴
松任谷由実ユーミンの1980年12月1日リリースのアルバム『SURF&SNOW』から、原田知世主演の映画『私をスキーに連れてって』の劇中歌「恋人がサンタクロース」です。。

この「恋人がサンタクロース」は、今も歌い継がれる松任谷由実ユーミンのクリスマスの定番曲。恋人がサンタクロースと「お姉さん」が幼い主人公に教えてくれ、大人になって主人公が"サンタクロース"を待つという、実に松任谷由実ユーミンらしい、松任谷由実ユーミンの冬の代表曲です。

なおアルバム『SURF&SNOW』には、この「恋人がサンタクロース」や「サーフ天国、スキー天国」など、松任谷由実ユーミンの冬の定番ソングが収録されていますが、1曲もシングルカットされていません。

大滝詠一「恋するカレン」

Edit

大滝詠一「恋するカレン」無料音楽動画視聴
大滝詠一が1981年3月21日にリリースした、大滝詠一12枚目のアルバム『A LONG VACATION(ア・ロング・バケイション)』から、翌82年5月にはシングルカットの「雨にウェンズデイ」のB面として収録された「恋するカレン」です。

大滝詠一のアルバム『A LONG VACATION(ア・ロング・バケイション)』は、発売から20年余経過しているにもかかわらず、現在でもなお「君は天然色」や「スピーチ・バルーン」、「恋するカレン」などはCMタイアップがついたり、多くのアーティストがカヴァー・ヴァージョンを発表することがあったりと名実ともに『名盤』と呼ばれているアルバムで、この「恋するカレン」は、07年にトヨタ『アリオン』のテレビCMに起用されました。

なお、シングル版の「恋するカレン」は、イントロの音量を2.5dB上げたものが収録されてたそうです。

西城秀樹「眠れぬ夜」

Edit

西城秀樹「眠れぬ夜」無料音楽動画視聴
眠れぬ夜」は、1980年12月21日に発売された西城秀樹の36枚目のシングルで、オリコンチャート最高10位となって27万枚を売り上げた、西城秀樹のヒット曲です。

この「眠れぬ夜」は、小田和正作詞・作曲の75年に発売されたオフコースの代表曲。この年、西城秀樹がカバーして33枚目シングル「俺たちの時代」以来3作ぶりのチャートトップ10入りを果すヒットとなりました。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第154回が放送された81年1月15日に、この「眠れぬ夜」は第9位でベストテン入りすると、最高3位となって8週連続でベストテン入りをしました。

岩崎宏美「聖母たちのララバイ」

Edit

岩崎宏美「聖母たちのララバイ」無料音楽動画視聴
聖母たちのララバイ」は、81年9月より放送された日本テレビ系ドラマ『火曜サスペンス劇場』のエンディングテーマとして使用され、問い合わせが殺到したことにより、当初シングル発売の予定はありませんでしたが、1982年5月21日に岩崎宏美の28枚目のシングルとして発売されました。

この「聖母たちのララバイ」は、発売2週目でオリコンシングルチャートで1位を獲得、80万枚の大ヒットとなり、同年のオリコン年間シングルチャートでは3位を記録。これは「ロマンス」に次ぐ、岩崎宏美自身2番目のシングルセールスとなります。

岩崎宏美は「聖母たちのララバイ」で、同年暮れの日本歌謡大賞で大賞受賞、大晦日には第33回NHK紅白歌合戦に8度目の出場をしています。また翌83年の第55回センバツ高校野球大会入場行進曲に採用され、岩崎宏美の楽曲としては76年の「センチメンタル」以来2度目の選曲となりました。

イモ欽トリオ「ハイスクール・ララバイ」

Edit

イモ欽トリオ「ハイスクール・ララバイ」無料音楽動画視聴
ハイスクール・ララバイ」は、1981年8月5日に発売されたイモ欽トリオのデビューシングルで、オリコンチャート第1位に輝き104万枚を売り上げた、イモ欽トリオの代表曲です。

イモ欽トリオは、当時大人気だったフジテレビ系バラエティ番組「欽ドン!良い子悪い子普通の子」のレギュラー3人組(山口良一、西山浩司、長江健次)で結成されたコミックソングユニットで、このデビュー曲「ハイスクール・ララバイ」が、テクノポップブームに見事に便乗し、企画ものとしては異例の大ヒット。81年のオリコン年間シングル売上げ第4位に記録されてます。

この「ハイスクール・ララバイ」は、TBS系『ザ・ベストテン』でも8週連続第1位を達成し、YMOのスタイルを模したエアキーボード、エアドラムの楽器演奏の振り付けが話題となっていました。ちなみに、イモ欽トリオのユニット名の由来は、当時人気だった「たのきんトリオ」と「YMO(=イモ)」、そしてもちろん「萩本欽一」からとったもの。

アラジン「完全無欠のロックンローラー」

Edit

アラジン「完全無欠のロックンローラー」無料音楽動画視聴
完全無欠のロックンローラー」は、1981年11月14日に発売されたアラジンのデビューシングルで、30万枚を売り上げてオリコンチャート最高7位となった、アラジンの代表曲です。

アラジンは、名古屋商科大学フォークソング同好会のメンバーを中心に結成されたバンドで、80年代前半に活躍。この「完全無欠のロックンローラー」が大ヒットとなりますが、この後にヒット曲が続かず83年に解散します。

ちなみに「完全無欠のロックンローラー」でアラジンは、第22回ヤマハポピュラーソングコンテストでグランプリを受賞し、第12回世界歌謡祭グランプリ受賞曲でもあります。「一発屋」と呼ばれるバンドでしたが、今となっては伝説のバンドのひとつです。尚、03年にはフジテレビ系『27時間テレビ』で、1日限りの復活ライブを行っています。

大橋純子「シルエット・ロマンス」

Edit

大橋純子「シルエット・ロマンス」無料音楽動画視聴
シルエット・ロマンス」は、1981年11月25日に発売された大橋純子の13枚目のシングルで、オリコンチャート最高7位で43万枚を売り上げた、大橋純子のヒット曲です。

この「シルエット・ロマンス」は、作詞:来生えつこ、作曲:来生たかおの名曲で、サンリオ出版のCFソングとして使用されヒットしました。

また、この「シルエット・ロマンス」は、82年に来生たかお自身によってセルフカバーされました。大橋純子の伸びのある日本人離れした歌唱力の「シルエット・ロマンス」と、おっとりとした落ち着いた感じの来生たかおの「シルエット・ロマンス」、どちらもお勧めの1曲です。

シャネルズ「街角トワイライ」

Edit

シャネルズ「街角トワイライ」無料音楽動画視聴
街角トワイライト」は、1981年2月1日に発売されたシャネルズの3rdシングルで、オリコンチャート第1位に輝き72万枚を売り上げた、シャネルズの代表曲です。

デビュー直後の前年の80年3月にメンバー10人のうち5人が起こしたわいせつ行為でシャネルズは半年間活動を謹慎し、その謹慎からの復帰シングルとなった「街角トワイライト」は「トゥナイト」に続いてチャート1位を獲得する大ヒットとなりました。

当時人気だったTBS系『ザ・ベストテン』では、第159回が放送された81年2月19日に8位で「街角トワイライト」はベストテン入りすると、第162回が放送された同年3月12日には第1位に輝き4週連続で首位をキープ。14週連続でベストテン入りしていました。なお同年のオリコン年間シングル売上げ第7位に記録される大ヒットでした。

シャネルズ(ラッツ&スター)「ハリケーン」

Edit

シャネルズ(ラッツ&スター)「ハリケーン」無料音楽動画視聴
ハリケーン」は、1981年5月21日に発売されたシャネルズの4枚目のシングルで、オリコンチャート最高2位となって43万枚を売り上げた、シャネルズのヒット曲です。

「ランナウェイ」で日本にドゥ・ワップブームを巻き起こしたシャネルズの名曲「ハリケーン」は、歌いだしの「あの娘探すのさ、Midnight chu chu train♪」が印象的なオールデイズテイストのナンバーで、02年には奥田民生プロデュースのもとにPuffy(パフィー)がカバーし、06年にはシャネルズラッツ&スターの鈴木雅之等とゴスペラーズの村上てつや等が結成したゴスペラッツがカバーしてヒットしました。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』で「ハリケーン」は、第175回が放送された81年6月11日に第10位でベストテン入りし、最高3位となって9週連続でベストテン入りをしました。

近藤真彦(マッチ)「ブルージーンズメモリー」

Edit

近藤真彦(マッチ)「ブルージーンズメモリー」無料音楽動画視聴
ブルージーンズメモリー」は、1981年6月12日に発売された近藤真彦の3rdシングルで、オリコンチャート初登場第1位となって60万枚を売り上げた、近藤真彦の代表曲です。

この「ブルージーンズメモリー」は、近藤真彦主演となった東宝映画たのきんスーパーヒットシリーズ第2弾『ブルージーンズメモリー BLUE JEANS MEMORY』の主題歌。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』で「ブルージーンズメモリー」は、第177回が放送された81年6月25日に第7位でベストテン入りし、第181回にはついに第1位となって2週に亘って1位をキープ、13週連続でベストテン入りをしました。なお「ブルージーンズメモリー」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第11位に記録される大ヒットでした。

西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」

Edit

西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」無料音楽動画視聴
もしもピアノが弾けたなら」は、1981年4月1日に発売された西田敏行のシングルで、51万枚を売上げオリコンチャート最高4位となった、西田敏行の大ヒット曲です。

この「もしもピアノが弾けたなら」は、西田敏行自身が主演する日本テレビの人気ホームドラマ『池中玄太80キロII』の主題歌として使用され大ヒットします。

俳優でありながら元々歌唱力には定評があった西田敏行は、この「もしもピアノが弾けたなら」の大ヒットで同年暮れの第32回NHK紅白歌合戦に初出場しました。

松田聖子「風立ちぬ」

Edit

松田聖子「風立ちぬ」無料音楽動画視聴
風立ちぬ」は、1981年10月7日に発売された松田聖子の7枚目のシングルで、オリコンチャート第1位となり52万枚を売り上げた、松田聖子の代表曲です。

この「風立ちぬ」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第194回が放送された81年10月22日に第7位でベストテン入りすると、最高2位となって10週連続でベストテン入りをしています。ちなみに松田聖子の「風立ちぬ」の第1位を阻んだ曲は、近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」でした。

また、この「風立ちぬ」は、グリコ・ポッキーのCMソングにも使用されていました。楽曲的には、元はっぴいえんどの松本隆と大瀧詠一の作品で、松田聖子は、最初にこの「風立ちぬ」を渡された時、「いい曲だが、自分には歌えない曲だ」と言ったそうです。ちなみに、同年10月21日に発売された松田聖子の4thアルバム『風立ちぬ』 もオリコンアルバムチャート第1位となり、こちらも「白いパラソル」以外は元はっぴいえんどメンバーが強く関与しており、松田聖子のアルバムの中でも高い評価を得ている名盤と言われています。

松田聖子「白いパラソル」

Edit

松田聖子「白いパラソル」無料音楽動画視聴
白いパラソル」は、1981年7月21日に発売された松田聖子の6枚目のシングルで、オリコンチャート第1位に輝き49万枚を売り上げた、松田聖子のヒット曲です。

この「白いパラソル」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第184回が放送された81年8月13日に番組史上初となる初登場第1位を獲得すると、4週に亘って1位をキープし、9週連続でベストテン入りをしています。ちなみに「白いパラソル」は、財津和夫作曲作品で、財津和夫は後に自身のアルバム『Z氏の悪い趣味』(1987年)にてセルフカバーしています。

予断ですが、この当時の松田聖子の人気を計る上で語らなければならないものが、松田聖子の髪型を真似た髪型の「聖子ちゃんカット」でした。当時のアイドル歌手は多かれ少なかれ、松田聖子の影響を受けた髪型やファッションとなっており、当時の女性の間でも大流行しました。

沢田研二「ストリッパー」

Edit

沢田研二「ストリッパー」無料音楽動画視聴
ストリッパー」は、1981年9月21日に発売された沢田研二34枚目のシングルで、36万枚のセールスでオリコンチャート最高6位となったヒット曲です。

沢田研二は、この「ストリッパー」でも派手な衣装で注目を集め同年暮れには、第23回日本レコード大賞金賞、第12回日本歌謡大賞放送音楽賞受賞し、同賞5年連続受賞による特別賞も受賞、大晦日の第32回NHK紅白歌合戦にも同曲で9回目の出場をしています。

また、この「ストリッパー」は、沢田研二自身が作曲しており、本人作曲のシングルとしては最高のセールスを記録しました。

松田聖子「夏の扉」

Edit

松田聖子「夏の扉」無料音楽動画視聴
夏の扉」は、1981年4月21日にリリースされた松田聖子の5枚目のシングルで、オリコンチャート第1位に輝き57万枚を売り上げた、松田聖子のヒット曲です。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』でも11週連続ベストテン入りしますが、この時は寺尾聰の「ルビーの指環」が12週連続第1位であった為、結局「夏の扉」は、今週の第1位とはなりませんでした。

また松田聖子は、この「夏の扉」で同年の第32回NHK紅白歌合戦に2度目の出場を果たしました。ちなみに後年、松嶋菜々子が出演したキリン「生茶」のCMソングとして「夏の扉」が使用されていました。

松田聖子「チェリーブラッサム」

Edit

松田聖子「チェリーブラッサム」無料音楽動画視聴
チェリーブラッサム」は、1981年1月21日に発売された松田聖子の4枚目のシングルで、68万枚を売り上げてオリコンチャート第1位となった、松田聖子のヒット曲です。

チェリーブラッサム」は、前作の「風は秋色」に引き続きチャート1位に輝き、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』でも2週連続1位となります。近年、桜をテーマにした楽曲がヒットして桜ソングというカテゴリが出来ていますが、「チェリーブラッサム」は、オリコン桜ソング売上げ第5位に記録されています。

この「チェリーブラッサム」は、オリコン年間シングル売上げ第9位に記録され、同年発売の松田聖子のシングル中最大のヒットとなりました。

横浜銀蝿「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」

Edit

横浜銀蝿「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」無料音楽動画視聴
ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」は、1981年1月12日に発売された横浜銀蝿の2ndシングルで、オリコンチャート最高3位となって57万枚を売り上げた、横浜銀蝿の代表曲です。

横浜銀蝿は、この「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」と同時発売のアルバム『ぶっちぎりⅡ』をリリースし、シングルと共にアルバムもヒットし、アルバム『ぶっちぎりⅡ』はオリコンアルバムチャート1位を獲得します。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第161回が放送された81年3月5日に第10位でこの「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」はベストテン入りすると、最高2位となって9週連続でベストテン入りしました。

横浜銀蝿+嶋大輔「ツッパリHigh School Rock'n Roll(試験編)」

Edit

横浜銀蝿+嶋大輔「ツッパリHigh School Rock'n Roll(試験編)」無料音楽動画視聴
ツッパリHigh School Rock'n Roll(試験編)」は、1981年10月7日に発売された横浜銀蝿+嶋大輔のシングルで、オリコンチャート最高6位となって27万枚を売り上げた、横浜銀蝿のヒット曲です。

この「ツッパリHigh School Rock'n Roll(試験編)」は、横浜銀蝿らしいドライブ感のあるロックンロール。「ツッパリHigh School Rock'n Roll」と言えば、登校編の方が有名だと思いますが、こちらの「ツッパリHigh School Rock'n Roll(試験編)」も、その歌詞のドラマ性からもなかなかの名曲でした。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第195回が放送された81年10月29日に第10位でこの「ツッパリHigh School Rock'n Roll(試験編)」はベストテン入りすると、最高8位となって5週連続でベストテン入りしました。

郷ひろみ「お嫁サンバ」

Edit

郷ひろみ「お嫁サンバ」無料音楽動画視聴
お嫁サンバ」は、1981年5月1日に発売された郷ひろみの38枚目のシングルで、オリコンチャート最高6位となって27万枚を売り上げた、郷ひろみのアイドル時代の代表的なヒット曲です。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第173回が放送された81年5月28日に第7位で「お嫁サンバ」はベストテン入りし、最高3位となって8週連続でベストテン入りしました。

また、07年5月30日、藤原紀香と陣内智則の結婚披露宴にスペシャルゲストとして登場した郷ひろみが「お嫁サンバ」を披露。同披露宴は日本テレビ系で中継され、熱唱場面は高視聴率となりました

PVアーティスト一覧























上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。