1982年のヒット曲 YoutubeでPV視聴ヒットパレード【無料音楽動画試聴BLOG】

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あみん「待つわ」

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あみん「待つわ」無料音楽動画
待つわ」は、1982年7月21日にリリースされたあみんのデビューシングル。オリコンチャートでは第1位となり、109万枚のシングル売上げで、同年のオリコン年間シングルセールスの第1位に輝く大ヒットとなるあみんの代表曲です。

あみんは、岡村孝子と加藤晴子の2人によるユニットで、82年春に行われた第23回ポプコンに「待つわ」で出場して見事グランプリを獲得し、レコードデビューとなります。

待つわ」の大ヒットにより、あみんとしての彼女等のスケジュールは分刻みだったそうで、空き時間に出席した大学の授業で、「芸能人は来るな」と教授に言われ教室を追い出されたというエピソードからも、当時のあみんの人気が伺え知れます。

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サザンオールスターズ「匂艶 THE NIGHT CLUB」

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サザンオールスターズ「匂艶 THE NIGHT CLUB」無料音楽動画視聴
匂艶 THE NIGHT CLUB」は、1982年5月21日に発売されたサザンオールスターズの15枚目のシングルで、オリコンチャート最高8位となって30万枚を売り上げた、サザンオールスターズのヒット曲です。

前作「チャコの海岸物語」のグループサウンズ調の楽曲から一転、この「匂艶 THE NIGHT CLUB」では、初めてディスコサウンドをイメージさせる楽曲で、ホーンセクションを加えてサザンオールスターズがデビュー当時から得意としている歌謡路線の作品でした。

なお、サザンオールスターズとして初めてPVが制作されたのが、この「匂艶 THE NIGHT CLUB」で、「あぶない刑事」など多くのドラマ撮影に使われた事がある横浜の米軍基地近くのバー『スターダスト』で行われました。

大滝詠一「恋するカレン」

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大滝詠一「恋するカレン」無料音楽動画視聴
大滝詠一が1981年3月21日にリリースした、大滝詠一12枚目のアルバム『A LONG VACATION(ア・ロング・バケイション)』から、翌82年5月にはシングルカットの「雨にウェンズデイ」のB面として収録された「恋するカレン」です。

大滝詠一のアルバム『A LONG VACATION(ア・ロング・バケイション)』は、発売から20年余経過しているにもかかわらず、現在でもなお「君は天然色」や「スピーチ・バルーン」、「恋するカレン」などはCMタイアップがついたり、多くのアーティストがカヴァー・ヴァージョンを発表することがあったりと名実ともに『名盤』と呼ばれているアルバムで、この「恋するカレン」は、07年にトヨタ『アリオン』のテレビCMに起用されました。

なお、シングル版の「恋するカレン」は、イントロの音量を2.5dB上げたものが収録されてたそうです。

稲垣潤一「雨のリグレット」

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稲垣潤一「雨のリグレット」無料音楽動画視聴
日本のPOP/AORシーンの中でも、特筆すべきその声で一世を風靡した稲垣潤一のデビューシングル「雨のリグレット」です。

稲垣潤一は、仙台のライブハウスや横須賀や立川の米軍キャンプ等で演奏を続けるうち、”スーパーポップボーカル”というキャッチコピーで1982年に、この「雨のリグレット」でデビュー。

稲垣潤一の透明感のある個性的な声質が人気となって、当時は歌うドラマーというスタイルが新鮮で話題となりましたが、そんな稲垣潤一のスタートが、この「雨のリグレット」から始まりました。

上田正樹「悲しい色やね」

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上田正樹「悲しい色やね」無料音楽動画
悲しい色やねOSAKA BAY BLUES」は、1982年10月21日に発売された上田正樹8枚目のシングルで、レコード売上げ34万枚、オリコンチャート最高5位となった上田正樹の代表曲です。

上田正樹は、1974年に結成した「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」で、当時の関西ブルース・シーンを代表するグループとなり、その後ソロのシンガーソングライターとして活動します。そのソウルフルなボーカルと独特なステージで根強いファンを獲得していきます。

そんな上田正樹を一躍全国的な知名度にあげることになったのが、この「悲しい色やね」の大ヒットでした。「悲しい色やね」は、現在でもカラオケの定番曲で、サブタイトルの"OSAKA BAY BLUES"が示す通り、日本のそして関西ブルースの代表曲として、これからも多くの人に歌い続けられるであろう名曲です。

中村雅俊「恋人も濡れる街角」

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中村雅俊「恋人も濡れる街角」無料音楽動画視聴
恋人も濡れる街角」は、1982年9月1日に発売された中村雅俊の17枚目のシングルで、オリコンチャート最高5位となって48万枚を売り上げた、中村雅俊のヒット曲です。

この「恋人も濡れる街角」は、サザンオールスターズの桑田佳祐作詞・作曲の作品で、同年公開された映画『蒲田行進曲』の主題歌として使用されました。

この「恋人も濡れる街角」は、同年のオリコン年間シングルチャートで第24位に記録されるヒットでした。また、公共広告機構の『子どもワクチンキャンペーン』イメージソングとなった、中村雅俊の2000年発売の「心の地図」のカップリング曲として再リリースされています。

BOOWY(ボウイ)「NO.NEW YORK(ノー・ニューヨーク)」

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BOOWY(ボウイ)「NO.NEW YORK(ノー・ニューヨーク)」無料音楽動画視聴
BOOWYボウイのライブでの定番曲であり、代表曲のひとつの「NO.NEW YORKノー・ニューヨーク」です。

BOOWYボウイのほぼ全てのライブで演奏され、BOOWYボウイの最終公演となった“LAST GIGS”最終日のアンコール最後を飾った曲で、この「NO.NEW YORKノー・ニューヨーク」の原題は「NEWYORK NEWYORK」になります。

この「NO.NEW YORKノー・ニューヨーク」は、BOOWYボウイの1982年3月21日にリリースした1stアルバム『MORAL』に収録されていた楽曲ですが、後に1985年8月22日に発売された2ndシングル『BAD FEELING』のカップリングにリメイクされて収録されました。

来生たかお「シルエット・ロマンス」

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来生たかお「シルエット・ロマンス」無料音楽動画視聴
81年に大橋純子が歌ってヒットした来生たかお作曲の名曲「シルエット・ロマンス」の、来生たかおセルフカバーバージョンです。

この来生たかおバージョンの「シルエット・ロマンス」は、来生たかおの12枚目のシングル『気分は逆光線』のカップリングとして1982年4月25日にリリースされ、オリコンチャート最高19位で14万枚をセールス。(ちなみに大橋純子バージョンは、オリコンチャート最高7位で、売上げは43万枚)

大橋純子の伸びのある日本人離れした歌唱力の「シルエット・ロマンス」と、おっとりとした落ち着いた感じの来生たかおの「シルエット・ロマンス」、どちらもお勧めの1曲です。
大橋純子「シルエット・ロマンス」はPV視聴はコチラから

岩崎宏美「聖母たちのララバイ」

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岩崎宏美「聖母たちのララバイ」無料音楽動画視聴
聖母たちのララバイ」は、81年9月より放送された日本テレビ系ドラマ『火曜サスペンス劇場』のエンディングテーマとして使用され、問い合わせが殺到したことにより、当初シングル発売の予定はありませんでしたが、1982年5月21日に岩崎宏美の28枚目のシングルとして発売されました。

この「聖母たちのララバイ」は、発売2週目でオリコンシングルチャートで1位を獲得、80万枚の大ヒットとなり、同年のオリコン年間シングルチャートでは3位を記録。これは「ロマンス」に次ぐ、岩崎宏美自身2番目のシングルセールスとなります。

岩崎宏美は「聖母たちのララバイ」で、同年暮れの日本歌謡大賞で大賞受賞、大晦日には第33回NHK紅白歌合戦に8度目の出場をしています。また翌83年の第55回センバツ高校野球大会入場行進曲に採用され、岩崎宏美の楽曲としては76年の「センチメンタル」以来2度目の選曲となりました。

稲垣潤一「ドラマティック・レイン」

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稲垣潤一「ドラマティック・レイン」無料音楽動画視聴
ドラマティック・レイン」は、1982年10月21日に発売された稲垣潤一の3枚目のシングルで、オリコンチャート最高8位となって31万枚を売り上げた、稲垣潤一のヒット曲です。

この「ドラマティック・レイン」は、横浜ゴムの『アスペック』のCMソングに使用されてヒットし、当時ドラムを叩きながら曲を歌うという稲垣潤一のスタイルが印象的でした。また秋元康作詞、筒美京平作曲の楽曲で、秋元康の出世作としても有名です。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン」では、第260回が放送された83年2月3日に「ドラマティック・レイン」は、第9位でベストテン入りして3週ベストテン入りしていました。

アラジン「完全無欠のロックンローラー」

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完全無欠のロックンローラー」は、1981年11月14日に発売されたアラジンのデビューシングルで、30万枚を売り上げてオリコンチャート最高7位となった、アラジンの代表曲です。

アラジンは、名古屋商科大学フォークソング同好会のメンバーを中心に結成されたバンドで、80年代前半に活躍。この「完全無欠のロックンローラー」が大ヒットとなりますが、この後にヒット曲が続かず83年に解散します。

ちなみに「完全無欠のロックンローラー」でアラジンは、第22回ヤマハポピュラーソングコンテストでグランプリを受賞し、第12回世界歌謡祭グランプリ受賞曲でもあります。「一発屋」と呼ばれるバンドでしたが、今となっては伝説のバンドのひとつです。尚、03年にはフジテレビ系『27時間テレビ』で、1日限りの復活ライブを行っています。

河合奈保子「けんかをやめて」

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けんかをやめて」は、1982年9月1日に発売された河合奈保子の10枚目のシングルで、オリコンチャート最高5位となって22万枚を売り上げた、河合奈保子の代表曲です。

この「けんかをやめて」は、竹内まりやが楽曲を提供。当時人気のTBS系『ザ・ベストテン」では第241回が放送された82年9月23日に第8位でベストテン入りすると最高4位となって6週連続でベストテン入りしていました。

なお河合奈保子は「けんかをやめて」で、同年暮れの第24回日本レコード大賞では金賞を、第9回FNS歌謡祭では優秀歌謡音楽賞を受賞しています。

松田聖子「小麦色のマーメイド」

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小麦色のマーメイド」は、1982年7月21日に発売された松田聖子の10枚目のシングルで、オリコンチャート第1位になって47万枚を売り上げた、松田聖子のヒット曲です。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第235回が放送された82年8月12日に第2位でこの「小麦色のマーメイド」はベストテン入りすると、翌々週に第1位となって9週連続でベストテン入りしました。

松田聖子は、同年の第24回日本レコード大賞金賞をこの「小麦色のマーメイド」で受賞。また「野ばらのエチュード」で同年のFNS歌謡祭グランプリを受賞します。ちなみに、この「小麦色のマーメイド」は、同年のオリコン年間シングルチャート第15位に記録されています。

松田聖子「赤いスイートピー」

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赤いスイートピー」は、1982年1月21日にリリースされた松田聖子の8枚目のシングルで、オリコンチャート第1位に輝き50万枚を売り上げた、松田聖子の代表曲です。

この「赤いスイートピー」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第208回が放送された82年2月4日に第4位でベストテン入りすると、第211回が放送された2月25日に第1位となり11週連続でベストテン入りをしました。

また、同年のオリコン年間シングル売り上げでは、この「赤いスイートピー」が12位に、9枚目のシングルの「渚のバルコニー」が第11位となって、両曲とも同年の松田聖子の大ヒット曲として記録されています。

沢田研二「6番目のユウウツ」

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沢田研二「6番目のユウウツ」無料音楽動画視聴
6番目のユウウツ」は、1982年9月10日に発売された沢田研二の37枚目のシングルで、オリコンチャート最高6位となり26万枚を売り上げた、沢田研二のヒット曲です。

この「6番目のユウウツ」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第242回が放送された82年9月30日から連続8週でベストテン入りし、最高3位にまでなります。

沢田研二は、同年の第24回日本レコード大賞金賞と、第13回日本歌謡大賞放送音楽賞を「6番目のユウウツ」で受賞。また、第33回NHK紅白歌合戦にもこの「6番目のユウウツ」で出場しました。

沢田研二「麗人」

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麗人」は、1982年1月10日に発売された沢田研二の35枚目のシングルで、22万枚を売り上げオリコンチャート最高10位となった、沢田研二のヒット曲です。

この「麗人」では、チャイナドレスを彷彿させる衣装と、三つ編み付け毛に紫のアイシャドーと、相変わらずド派手なルックスで、「愛するだけ」をセクシーに歌うところ等が印象的でした。

この年、「同窓会」と銘打った企画でザ・タイガースが11年ぶりに再結成し、シングル「色つきの女でいてくれよ」がヒットチャート上位にランクインする大ヒット。皮肉にも同年の沢田研二関連の最大のヒット曲になります。

中森明菜「セカンド・ラブ」

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セカンド・ラブ」は、1982年11月10日に発売された中森明菜の3枚目のシングルで、オリコンチャート第1位に輝き77万枚を売り上げた、中森明菜の代表曲です。

この「セカンド・ラブ」は、しっとりとしたバラード曲で、来生えつこ・来生たかお姉弟による作品。当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、この「セカンド・ラブ」は、第251回が放送された82年12月2日に第6位でベストテン入りすると、翌々週には第1位となり8週に亘って1位をキープし、13週連続でベストテン入りをしています。

また、この「セカンド・ラブ」で中森明菜は、自身初となるオリコン第1位を輝き、83年のオリコン年間シングル売り上げでは第8位に記録される大ヒットになりました。さらに83年の第25回日本レコード大賞では、ゴールデンアイドル賞を受賞し、松田聖子と並ぶ80年代を代表する歌姫の地位を確立させた1曲でした。

中森明菜「スローモーション」

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スローモーション」は、1982年5月1日に発売された中森明菜のデビューシングルで、17万枚の売り上げでオリコンチャート30位となった、中森明菜のヒット曲です。。

中森明菜は、81年日本テレビ系「スター誕生!」で史上最高得点で合格し、82年にこの「スローモーション」でデビューしました。デビュー当時のキャッチフレーズは、「ちょっとエッチな美新人娘(み・ルーキー・っこ→ミルキーっこ)」。この当時、新人アイドルにはキャッチフレーズは付き物でしたが、、、もぉちょっとなんとかならなかったんですかねぇ(^^;。

ともかく、中森明菜の人気もまだちょっとだけスローモーションで、彼女がブレークするのは次作の「少女A」からになります。

矢沢永吉「YES MY LOVE」

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YES MY LOVE」は、1982年2月20日に発売された矢沢永吉の11枚目のシングルで、オリコンチャート最高8位となって34万枚を売り上げた、矢沢永吉のヒット曲です。

この「YES MY LOVE」は、コカ・コーラのキャンペーンソングとして使用され、矢沢永吉本人が出演したCMでは赤いテープをマイクスタンドに巻いてたのが印象に残ってます。また、サビの「YES MY LOVE♪」をCMでは「YES COKE YES♪」と歌われてました。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第219回が放送された82年4月22日に「YES MY LOVE」は、第8位でベストテン入りすると、最高7位となって4週連続でベストテン入りしました。

近藤真彦(マッチ)「情熱・熱風・せれなーで」「ふられてBANZAI」

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近藤真彦(マッチ)「情熱・熱風・せれなーで」「ふられてBANZAI」無料音楽動画視聴
80年代を代表する男性トップアイドルとして君臨した近藤真彦の人気絶頂期82年の代表作「情熱・熱風・せれなーで」と「ふられてBANZAI」です。

情熱・熱風・せれなーで」は、1982年1月7日に発売された近藤真彦の5枚目のシングルで、オリコンチャート第1位となって56万枚を売上げ、「ふられてBANZAI」は、1982年3月31日に発売された近藤真彦の6枚目のシングルで、こちらはオリコンチャート初登場第1位となって53万枚を売上げました。

なお「情熱・熱風・せれなーで」と「ふられてBANZAI」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第9位と第10位に記録される大ヒットでした。

近藤真彦(マッチ)「ハイティーン・ブギ」

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近藤真彦(マッチ)「ハイティーン・ブギ」無料音楽動画
ハイティーン・ブギ」は、映画「ハイティーン・ブギ」の主題歌として、1982年6月30日に発売された近藤真彦の7枚目のシングルで、オリコン1位を獲得し、シングル売上げ60万枚をセールスした近藤真彦のヒット曲です。

映画「ハイティーン・ブギ」は、牧野和子による同名劇画の映画化で、たのきんトリオ主演シリーズ第4作目。それまで主役を務めた田原俊彦に代わって、近藤真彦が初めて主演を演じました。

近藤真彦は、81年と83年のブロマイド年間売上第1位、デビュー曲の「ブルージーンズメモリー」から「ハイティーン・ブギ」を挟んで、8枚目の「ホレたぜ!乾杯」まで全て50万枚を超えるヒットと、まさにアイドルとして人気絶頂期の作品になります。

近藤真彦(マッチ)「ホレたぜ!乾杯」

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近藤真彦(マッチ)「ホレたぜ!乾杯」無料音楽動画視聴
ホレたぜ!乾杯」は、1982年9月30日に発売された近藤真彦の8枚目のシングルで、オリコンチャート初登場第1位となって50万枚を売り上げた、近藤真彦のヒット曲です。

この「ホレたぜ!乾杯」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』には、第244回が放送された82年10月14日に第7位でベストテン入りし、翌々週にはついに第1位となって2週に亘って1位をキープし、12週連続でベストテン入りをしました。

近藤真彦は、この「ホレたぜ!乾杯」で同年の第24回日本レコード大賞でゴールデン・アイドル賞を受賞。大晦日の第33回NHK紅白歌合戦にも2年連続2度目の出場を果し、「ホレたぜ!乾杯」を披露しました。なお「ホレたぜ!乾杯」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第26位に記録されてます。

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