シャネルズとしての活動を終了させて改めてラッツ&スターに改名して再スタートしたラッツ&スターのデビュー曲「め組のひと」は同年のオリコン年間シングルチャート第10位に記録される大ヒット。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第273回が放送された83年5月5日に「め組のひと」は第6位でベストテン入りし、翌週には第1位となって、計5週で第1位を記録。12週連続でベストテン入りをしました。
この「メリー・クリスマス ミスターローレンス」は、坂本龍一にとっての初めてのサウンドトラックで、映画自体のある種の非現実感から影響を受けて、西洋から見ても東洋から見ても“どこでもないどこか”、そして“いつでもない時間”をコンセプトに作られた作品です。
ちなみに、この「メリー・クリスマス ミスターローレンス」がタイトルナンバーとなった同名アルバムは、1983年5月1日にリリースされ、86年に坂本龍一がパーソナリティを務めたNHK-FM『サウンドストリート』で、「坂本龍一ベスト10」の第1位が「メリー・クリスマス ミスターローレンス」でした。
この「ラスト・クリスマス・イヴ」は、ジョニーウォーカー『レッドラベル』のCMイメージソングで、シングル『ラスト・クリスマス・イヴ』のジャケットには、矢沢永吉がウィスキーグラスを持った写真が使われていました。
ちなみに、この「ラスト・クリスマス・イヴ」は、2000年に「Tonight I Remember」というタイトルで英語バージョンもリリースされています。
この「恋は、ご多忙申し上げます」は、同年11月21日に発売の原由子の2ndアルバム『Miss YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd』からの先行シングルとしてリリースされた作品で、資生堂『フィアネス』のCMソングとなってヒットしました。また、この「恋は、ご多忙申し上げます」のスポットCMも放送されて、原由子は看護婦のコスプレを披露してくれました。
ちなみに、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』には、第296回が放送された83年10月13日に第6位で「恋は、ご多忙申し上げます」は、ベストテン入りし、最高4位となって、4週連続でベストテン入りをしました。なお、現時点で「恋は、ご多忙申し上げます」は、ソロ原由子のシングルとしては最大のセールスを記録しています。
この「聖母たちのララバイ」は、発売2週目でオリコンシングルチャートで1位を獲得、80万枚の大ヒットとなり、同年のオリコン年間シングルチャートでは3位を記録。これは「ロマンス」に次ぐ、岩崎宏美自身2番目のシングルセールスとなります。
岩崎宏美は「聖母たちのララバイ」で、同年暮れの日本歌謡大賞で大賞受賞、大晦日には第33回NHK紅白歌合戦に8度目の出場をしています。また翌83年の第55回センバツ高校野球大会入場行進曲に採用され、岩崎宏美の楽曲としては76年の「センチメンタル」以来2度目の選曲となりました。
このシングル『瞳はダイアモンド/蒼いフォトグラフ』は、オリコンチャート初登場第1位となって57万枚のセールスを記録する松田聖子のヒットシングルで、TBS系ドラマ『青が散る』の主題歌に「蒼いフォトグラフ」が使用されヒットしました。
この「蒼いフォトグラフ」は、彼氏をフッてしまう女の子がその時の微妙な女の子気持ちを綴った内容の歌詞が印象的で、松田聖子のファンの間でも人気の高い隠れた名曲です。
欧陽菲菲にとって71年発売の「雨の御堂筋」以来のオリコン1位となる「ラヴ・イズ・オーヴァー(Love is Over)」ですが、オリコン1位を記録したのは83年の12月で2週連続で1位をキープ、翌84年にはオリコン年間シングル売り上げ第18位というロングヒットになりました。
その後、91年の第42回NHK紅白歌合戦では、この「ラヴ・イズ・オーヴァー(Love is Over)」で、実に18年ぶり3度目の出場を欧陽菲菲は果たします。
この「キャッツ・アイ(CAT'S EYE)」は、アニメ「キャッツ・アイ(CAT'S EYE)」のオープニングテーマとなって大ヒット。アニメの人気も手伝ってアニメ主題歌として初のシングルチャート1位を獲得した記念すべき作品になります。
杏里にとって代表曲の1つになった「キャッツ・アイ(CAT'S EYE)」ですが、レコーディング時に「こんな歌を歌えない」と一旦スタジオを離れたというエピソードがあるそうです。なお、この「キャッツ・アイ(CAT'S EYE)」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第6位になる大ヒットで、翌84年の第56回選抜高等学校野球大会の入場行進曲にも採用されてます。
尾崎豊は、1983年にシングル「15の夜」とアルバム「十七歳の地図」でデビュー。4枚目のシングル「卒業」の大ブレイクで当時の若者のカリスマ的存在となりますが、26歳という若さでその短い生涯を終え、現在でも尾崎豊を慕うファンは絶えず、尾崎豊の作り出した歌は彼の死後も多くの人によって歌い継がれています。
この「15の夜」は、尾崎豊が仲間と共に家出した時の経験を基に作られたもので、当初は「14の夜」としたかったそうですが、語呂が悪いため「15の夜」となったそうです。また尾崎豊のライブでは、しばしアコースティック・ギター1本で、この「15の夜」を歌うことも多く、93年にチャートインしたシングル「15の夜」は、ライブバージョンでのテイクがA面となって発売されていました。
この「十七歳の地図」は、アップテンポなロック・チューンな楽曲で、尾崎豊はほとんどのライブで、この曲を演奏しており、彼のライブでは定番の曲です。
このアルバム『十七歳の地図』には、尾崎豊の代表曲といえる曲が数多く収められており、後に尾崎豊自身も「ファースト・アルバムを超える作品が作れない」と発言していることでも、それを裏付けられ、その完成度は驚異的とも言えます。ちなみに、発売からミリオン達成まで10年3ヵ月と21日かかっており、日本一時間が掛かったアルバムでもあります。
この「UNバランス」は、前作「エスカレーション」に続いて筒見京平による提供曲で8ビートのディスコ路線の楽曲。サウンドアレンジは同年発表されたドナ・サマーの「She Works Hard For The Money(情熱物語)」に酷似していました。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン」では第294回が放送された83年9月29日に第10位でベストテン入りすると最高5位となって7週連続でベストテン入りしていました。また河合奈保子は、同年の第34回紅白歌合戦に「UNバランス」で3度目出場を果しています。
このシングル『瞳はダイアモンド/蒼いフォトグラフ』は、オリコンチャート初登場第1位となって57万枚のセールスを記録する松田聖子のヒットシングルで、TBS系『ザ・ベストテン』では番組史上初となる、前作の「SWEET MEMORIES」と「瞳はダイアモンド」が2曲同時初登場を記録しました。
ちなみに同番組では、第301回が放送された83年11月17日に第2位でベストテン入りすると、翌週には第1位を獲得して8週に亘って第1位をキープ。「瞳はダイアモンド」は、12週連続でベストテン入りしています。
この「ためいきロ・カ・ビ・リー」は、日活映画黄金時代の石原裕次郎の代表作『嵐を呼ぶ男』を近藤真彦主演でリメイクした、東宝映画たのきんスーパーヒットシリーズ第6弾『嵐を呼ぶ男』の主題歌。この当時の近藤真彦(マッチ)は、まだ19歳になろうという頃で、茶髪の髪で弾けてました。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』で「ためいきロ・カ・ビ・リー」は、第285回が放送された83年7月28日に第7位でベストテン入りし、翌々週にはついに第1位となって3週に亘って1位をキープ、8週連続でベストテン入りをしました。なお「ためいきロ・カ・ビ・リー」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第34位に記録されてます。
この「SWEET MEMORIES(スウィート メモリーズ)」は、サントリーCANビール「ペンギンズバー」のCMソングで、CMのペンギンのキャラクターが人気を呼んで、後に劇場用アニメ「ペンギンズ・メモリー 幸福物語」も製作され、当然「SWEET MEMORIES(スウィート メモリーズ)」が主題歌として使用されてます。
なお、このシングル『ガラスの林檎/SWEET MEMORIES(スウィート メモリーズ)』は、当初は「ガラスの林檎」のみA面のシングルでしたが、B面の「SWEET MEMORIES(スウィート メモリーズ)」がCMから注目を集めるようになって、途中から両A面となりました。またオリコンチャートでもリリースされて3週間でオリコンの1位を獲得し、一旦トップ10から落ちますが、7週後には11週間ぶりに1位に返り咲き、松田聖子のシングルとしては第2位のセールスを記録しています。なお、同年のオリコン年間シングル売上げ第7位に記録される大ヒットでした。
この「スウィートメモリー」が効果的に使われて話題となったサントリーのCMから誕生したペンギンのキャラクターによるアニメ映画「ペンギンズ・メモリー 幸福物語」が85年に公開され、松田聖子の美しいメロディとともに記憶にある方も多いはず。
同曲で松田聖子は、同年11月17日TBS「ザ・ベストテン」にて、「スウィートメモリー」と「瞳はダイアモンド」の2曲同時初登場という番組史上初となる快挙を成し遂げます。尚、こちらの映像はサントリービールのCMバージョンになります
この「ガラスの林檎」は、ペンギンのキャラクターが話題となった「スウィートメモリー」との両A面シングルとして発売され、「ガラスの林檎」の売上げピークを超えたあたりでジャケットを切り替えて、再度1位を獲得するという偉業を達成し、現在では松田聖子のファンだけでなく80年代を代表する名曲として広く支持されています。
また当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』で「ガラスの林檎」は、第288回が放送された83年8月18日に第3位でベストテン入りすると、翌々週には第1位を獲得し2週連続で1位をキープし、12週連続でベストテン入りをしていました。なお松田聖子は、この「ガラスの林檎」で同年の第34回NHK紅白歌合戦に4度目の出場、同年のオリコン年間シングルチャートでは第7位に記録される大ヒットとなりました。
この「セカンド・ラブ」は、しっとりとしたバラード曲で、来生えつこ・来生たかお姉弟による作品。当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、この「セカンド・ラブ」は、第251回が放送された82年12月2日に第6位でベストテン入りすると、翌々週には第1位となり8週に亘って1位をキープし、13週連続でベストテン入りをしています。
また、この「セカンド・ラブ」で中森明菜は、自身初となるオリコン第1位を輝き、83年のオリコン年間シングル売り上げでは第8位に記録される大ヒットになりました。さらに83年の第25回日本レコード大賞では、ゴールデンアイドル賞を受賞し、松田聖子と並ぶ80年代を代表する歌姫の地位を確立させた1曲でした。
この「渚のライオン」は、同年リリースされた「夏色のナンシー」に続く、早見優に提供された筒美京平傑作ポップス。次作「ラッキイ・リップス」までの3曲は、作詞:三浦徳子/作曲:筒美京平の作品になります。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、この「渚のライオン」は、第286回が放送された83年8月4日に第9位でベストテン入りし、最高8位となって4週連続でベストテン入りをしていました。
この「艶姿ナミダ娘」で、当時17歳の小泉今日子は大きくブレークし、チャート上位に食い込み、「渚のはいから人魚」「ヤマトナデシコ七変化」と並ぶ、アイドル時代の小泉今日子を代表する作品になります。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第301回が放送された83年11月17日に「艶姿ナミダ娘」は第10位でベストテン入りすると、最高2位となって11週連続でベストテン入りをしています。
1982年に「私の16才」でアイドル歌手としてデビューした小泉今日子が、83年この「まっ赤な女の子」をはじめ、「春風の誘惑」「艶姿ナミダ娘」「半分少女」とヒット曲を連発し、その存在を確かにしていきました。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第277回が放送された83年6月2日に、この「まっ赤な女の子」は第10位でベストテン入りすると、最高7位となって6週連続でベストテン入りをしました。
80年代半ばの夏を席捲した杉山清貴&オメガトライブの記念すべきデビューシングル「SUMMER SUSPICION(サマー・サスピション)」です。同年9月にリリースされた杉山清貴&オメガトライブの1stアルバム『AQUA CITY』では、アルバムの最初の曲として収録されていました。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第286回が放送された83年8月4日のスポットライトで「SUMMER SUSPICION(サマー・サスピション)」は紹介され、9月8日の第291回放送時に第9位でベストテン入りし、翌々週の第293回の放送でも第10位となって、計3回出演しています。
この「ギザギザハートの子守唄」は、翌年の84年に発売された「涙のリクエスト」が大ヒットし、それにつられるように売上げを伸ばすロングヒットとなりました。
不良少年の気持ちを"ギザギザハ−ト"と表現した歌詞と、オ−ルディ−ズに影響を受けたフミヤの甘く切ないボ−カルが見事にマッチして、この年から始まるチェッカーズブームの先駆けとなる1曲です。
ブログに寄せられたコメントによってドラマの展開が変化するという今までに無かった試みが面白い!!
T.A(01/14)
ピンキー(01/13)
まりな(01/13)
(01/11)
桜華(01/11)
車狂(01/11)
自由人(01/08)
凛★(12/31)
HARU☆(12/30)
ひろみ(12/29)
あむろちゃん大好き★(12/25)
(12/20)
まい(12/17)
ううう(12/14)
村石 太153号(12/12)
おんぷちゃん(12/04)
麻衣(12/03)
うふん♪(12/03)
うふふ(12/03)
麻衣(12/01)