1985年のヒット曲 YoutubeでPV視聴ヒットパレード【無料音楽動画試聴BLOG】

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おニャン子クラブ「セーラー服を脱がさないで」

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おニャン子クラブ「セーラー服を脱がさないで」無料音楽動画
セーラー服を脱がさないで」は、1985年7月5日にリリースされたおニャン子クラブのデビュー曲で、25万枚に迫る売上げでオリコンチャート最高5位となったおニャン子クラブを代表する曲です。

セーラー服を脱がさないで」の発売日前日の7月4日に予定されていた、この曲の発表会&握手会では、予想の500人を大きく上回る4000人が駆けつけ、これから始まるおニャン子クラブブームに火をつけるきっかけとなります。

近年では、06年から放送されているJALのCMでは、この「セーラー服を脱がさないで」の替え歌「先得割引をのがさないで」として、客室乗務員役で出演した相武紗季が本来の振り付けをアレンジした振り付けで歌って話題になりました。

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岩崎良美「タッチ」

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岩崎良美「タッチ」無料音楽動画視聴
タッチ」は、1985年3月21日に発売された岩崎良美の20枚目のシングルで、オリコンチャート最高12位となり25万枚を売り上げた、岩崎良美の代表曲です。

この「タッチ」は、小学館発行の『週刊少年サンデー』に81年~86年まで連載されていた、あだち充の代表作となった人気漫画『タッチ』を原作にした、フジテレビ系アニメ『タッチ』の第1話~27話までの主題歌として使用され大ヒットしました。(ちなみに再放送は日本テレビ系でされていました。)

また、同アニメのエンディングテーマソングにも、岩崎良美の「君がいなければ」が使用され、シングル「タッチ」のB面に収録。なお、アニメ『タッチ』は、85年12月22日放送で31.9%の視聴率をあげたのを始め、常に20%以上の視聴率を稼ぐ人気番組でした。

Band Aid(バンド・エイド)「Do They Know It's Christmas?」

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Band Aid(バンド・エイド)「Do They Know It's Christmas?」無料音楽動画視聴
イギリスとアイルランドのロック/ポップス界のスーパースターが集まって結成されたチャリティー・プロジェクトバンド・エイドBand Aidの1984年12月3日にリリースの楽曲「Do They Know It's Christmas?(ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス)」です。

この「Do They Know It's Christmas?」は、エチオピアで起こった飢餓を受け、発起人のボブ・ゲルドフとミッジ・ユーロにより書かれた楽曲で、これに触発される形でアメリカではUSAフォー・アフリカが結成され、ライヴエイドなどへとつながる一連の大チャリティー・ブームを巻き起こすきっかけとなりました。

ちなみに、このバンド・エイドBand Aidに参加したアーティストは、ポール・ヤング、ボーイ・ジョージ(カルチャー・クラブ)、ジョージ・マイケル(ワム)、スティング、ボーノ(U2)、フィル・コリンズ、デュラン・デュラン・・・等などのイギリスのトップスター達でした。またバンド・エイドBand Aidは、89年にはバンド・エイドII、04年にはバンド・エイド20となって「Do They Know It's Christmas?」がリメイクされ、顔ぶれは変われど同プロジェクトは引き継がれています。

少年隊「仮面舞踏会」

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仮面舞踏会」は、1985年12月12日に発売された少年隊のデビューシングルで、シングル発売と同時にオリコンチャート第1位に輝く好スタート、シングル売上げも48万枚の大ヒットとなった少年隊の代表曲です。

少年隊は、結成当初から田原俊彦、近藤真彦のバックダンサーとして、歌番組やコンサートへ出演し、レコードデビュー前であるにも関わらず、当時の人気歌番組「夜のヒットスタジオ」に単独のアーティストとして出演するなど、関係者の期待も高く、視聴者の注目も早くから受けており、ファンにとっても待望のレコードデビューだったようです。

この「仮面舞踏会」は、翌86年暮れの日本レコード大賞最優秀新人賞を輝き、大晦日の紅白歌合戦にも初出場を決め、同年オリコン年間シングル売上げ第3位となるほどのヒットでした。

松任谷由実(ユーミン)「BLIZZARD(ブリザード)」

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スキーをテーマにした松任谷由実ユーミンの冬の定番曲のひとつ「BLIZZARDブリザード」です。

この「BLIZZARDブリザード」は、1980年公開の原田知世主演の映画『私をスキーに連れてって』の劇中歌で、1984年にリリースされた松任谷由実ユーミンの16枚目のアルバム『NO SIDE』に収録されていました。

なお松任谷由実ユーミンは、この「BLIZZARDブリザード」が収録されてるアルバム『NO SIDE』で、翌85年の日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。オリコン年間アルバムチャートでは第6位に記録される大ヒットになってます。ちなみに、1996年には観月ありさ出演の三菱自動車・「Catch The Winter」キャンペーンCMソングにもなっていました。

C-C-B「スクール・ガール」

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スクール・ガール」は、1985年4月25日に発売されたC-C-Bの4枚目のシングルで、21万枚を売り上げてオリコンチャート最高8位となったC-C-Bのヒット曲です。

C-C-Bは、全員にヴォーカルの肩書がつくせいかヴォーカルを交代し曲の歌詞とタイトルを変えた別ヴァージョンが比較的多いのですが、この「スクール・ガール」もそのひとつで、別バージョンとして「スクール・ボーイ」というタイトルの曲があります。

「Romanticが止まらない」でブレイクしたC-C-B、その勢いのままこの「スクール・ガール」もヒットします。ちなみに、氣志團のライブの客入れ曲に「スクール・ボーイ」が使用していました。
※こちらの動画はザ・ベストテン最終出演時のメドレー演奏「スクール・ガール~Romanticが止まらない~ないものねだりの I Want You」の動画になります。

BOOWY(ボウイ)「NO.NEW YORK(ノー・ニューヨーク)」

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BOOWY(ボウイ)「NO.NEW YORK(ノー・ニューヨーク)」無料音楽動画視聴
BOOWYボウイのライブでの定番曲であり、代表曲のひとつの「NO.NEW YORKノー・ニューヨーク」です。

BOOWYボウイのほぼ全てのライブで演奏され、BOOWYボウイの最終公演となった“LAST GIGS”最終日のアンコール最後を飾った曲で、この「NO.NEW YORKノー・ニューヨーク」の原題は「NEWYORK NEWYORK」になります。

この「NO.NEW YORKノー・ニューヨーク」は、BOOWYボウイの1982年3月21日にリリースした1stアルバム『MORAL』に収録されていた楽曲ですが、後に1985年8月22日に発売された2ndシングル『BAD FEELING』のカップリングにリメイクされて収録されました。

テレサ・テン「愛人」

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テレサ・テン「愛人」無料音楽動画
愛人」は、1985年2月21日に発売されてシングル売上げ150万枚記録した、アジアの歌姫テレサ・テンの大ヒット曲です。

つくしてもつくしても報われることの無い愛人の立場を悲しく歌い上げるテレサ・テンのこの曲は前年の「つぐない」に続き、第18回全日本有線放送大賞でグランプリに輝きます。

また、この85年に大ヒットした「愛人」は、有線放送のリクエストチャートで14週連続1位を記録しており、テレサ・テンのヒットには、有線放送は欠かせない存在だと言えます。

本田美奈子「Temptation(テンプテーション)」

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本田美奈子「Temptation(テンプテーション)」無料音楽動画視聴
Temptationテンプテーション」は、1985年9月28日に発売された本田美奈子の4枚目のシングルで、オリコンチャート最高10位となって18万枚を売り上げた、本田美奈子のヒット曲です。

この「Temptationテンプテーション」は、フジテレビ系ドラマ『微熱MY LOVE』の主題歌に使用され、東芝の「ファンヒーター」「ホットカーペット」のCMソングにもなっていました。

なお本田美奈子は、この「Temptationテンプテーション」での歌唱力が認められ、同年の「日本レコード大賞」「日本歌謡大賞」「FNS歌謡祭」などで新人賞を受賞しています。

Wham!(ワム)「ラスト クリスマス(Last Christmas)」

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Wham!(ワム)「ラスト クリスマス(Last Christmas)」無料音楽動画視聴
クリスマスソングの定番中の定番、Wham!ワムの「ラスト クリスマスLast Christmas」です。

この「ラスト クリスマスLast Christmas」は、1984年にリリースされ、全英チャートでは2位を獲得。日本では1984年12月15日に発売されて、オリコンチャート最高12位で44万枚のセールスを記録。04年には織田裕二主演のフジテレビ系ドラマ『ラスト クリスマス』では、織田裕二 with ブッチ・ウォーカーがWham!ワムの「ラスト クリスマスLast Christmas」をカバーして主題歌となっていました。

ちなみに日本における代表的なクリスマスソングの定番と言えば、Wham!ワムの「ラスト クリスマスLast Christmas」と、山下達郎の「クリスマス イヴ」。どちらも素晴らしい楽曲ですが、ともに失恋の歌というのが興味深い。
山下達郎「クリスマス イヴ」のPV視聴はコチラ!

近藤真彦(マッチ)「大将」

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近藤真彦(マッチ)「大将」無料音楽動画視聴
大将」は、1985年10月21日に発売された近藤真彦マッチの18枚目のシングルで、オリコンチャート最高6位となって13万枚を売り上げた、近藤真彦マッチのヒット曲です。

この「大将」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』には、第403回が放送された85年11月7日に第8位でベストテン入りし、最高6位となって、5週連続でベストテン入りをしました。

また、07年3月11日の日本武道館での追加公演では、この「大将」の間奏中に近藤真彦マッチ自身がデビュー後初めて公約していた通りの華麗なフライング(宙吊り)を披露して話題になりました。

A-Ha(アーハ)「テイク・オン・ミー(Take On Me)」

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A-Ha「テイク・オン・ミー(Take On Me)」無料音楽動画視聴
a-haアーハは、ノルウェーの3人組バンドで、この1985年にリリースされたデビューシングルの「テイク・オン・ミー(Take On Me)」は、世界的な大ヒットになり全米1位・全英2位を記録し、一躍世界中にa-haアーハの名を轟かせます。

この「テイク・オン・ミー(Take On Me)」の後、1987年には映画「007 リビング・デイライツ」の主題歌を担当。80年代の洋楽ベストには必ず名前があがる程、a-haアーハは80年代後期を代表する人気バンドに成長します。

また「テイク・オン・ミー(Take On Me)」のヒットで、a-haアーハの人気はヨーロッパ各国や南米でも沸騰。1991年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催されたRock in Rio IIでは、英米のアーティストを遥かにしのぐ19万5000人の観客を動員し、一時ギネスブックにも掲載されました。

チェッカーズ「あの娘とスキャンダル」

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チェッカーズ「あの娘とスキャンダル」無料音楽動画視聴
あの娘とスキャンダル」は、1985年3月21日に発売されたチェッカーズの6枚目のシングルで、オリコンチャート初登場第1位となって52万枚を売り上げた、チェッカーズの代表曲です。

この「あの娘とスキャンダル」は、おニャン子クラブで当時一世を風靡したフジテレビ系バラエティ番組『夕やけニャンニャン』の主題歌で、チェッカーズお得意の50'sテイストを基調としたロックンロールナンバーでした。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第372回が放送された85年4月4日に「あの娘とスキャンダル」は第4位でベストテン入りすると、翌々週の第436回の放送で第1位となり6週連続で1位をキープし、11週連続でベストテン入りをしています。なお「あの娘とスキャンダル」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第5位に記録される大ヒットでした。

C-C-B「Lucky Chanceをもう一度」

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Lucky Chanceをもう一度」は、1985年8月21日に発売されたC-C-Bの5枚目のシングルで、21万枚を売り上げてオリコンチャート最高3位となったC-C-Bのヒット曲です。

「Romanticが止まらない」のブレーク以降、この年のC-C-Bには勢いがあり、「スクール・ガール」に続き、この「Lucky Chanceをもう一度」もヒットしました。

C-C-Bはこの年、「Romanticが止まらない」で日本レコード大賞金賞を受賞し、この「Lucky Chanceをもう一度」で第36回NHK紅白歌合戦に初出場を果たします。

原由子(サザンオールスターズ)「鎌倉物語」

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原由子(サザンオールスターズ)「鎌倉物語」無料音楽動画視聴
サザンオールスターズが1985年9月14日にリリースした8枚目のアルバム『KAMAKURA(カマクラ)』からキーボードの原由子メインボーカル曲「鎌倉物語」です。

この「鎌倉物語」は、桑田佳祐と原由子の長男がお腹にいる状態で、当時の自宅マンションに機材を運び込んで原由子はベッドに座った状態で歌入れがされた楽曲で、それまで原由子の唄う曲はコブシを効かせた歌謡曲的なものが多かったのですが、この「鎌倉物語」はそれまで少なかったポップ調の優しい歌唱が特徴的でした。

またサザンオールスターズの1989年6月7日に発売の26枚目のシングル「さよならベイビー」のカップリング曲にも、この「鎌倉物語」は収録され、発売前年に行われたライブツアー『-真夏の夜の夢-1988 大復活祭』の最終公演、横浜スタジアムでの音源が収録されてました。ちなみに、このシングル「さよならベイビー」は、サザンオールスターズデビュー11年目にして初のオリコンチャート1位を記録した作品でした。

BOOWY(ボウイ)「ホンキー・トンキー・クレイジー」

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BOOWY(ボウイ)「ホンキー・トンキー・クレイジー」無料音楽動画視聴
BOOWYボウイが1985年6月1日にリリースした、BOOWYボウイの記念すべき1stシングル「ホンキー・トンキー・クレイジー」です。

軽快なリズムが印象的な「ホンキー・トンキー・クレイジー」は、既にアルバムを2枚リリースしていたBOOWYボウイ初のシングル曲で、作詞・作曲はBOOWYとなっていますが、実際にはボーカリストの氷室京介、ギタリストの布袋寅泰によってほぼ全てが作成された楽曲になります。

ちなみに、この「ホンキー・トンキー・クレイジー」は、BOOWYボウイが解散に至るまでのほぼ全てのライブで演奏されているBOOWYボウイライブではお馴染みのナンバーで、04年にTBS系ドラマ『BE-BOP-HIGHSCHOOL』のエンディングテーマとして使用されました。

安全地帯「悲しみにさよなら」

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悲しみにさよなら」は、1985年6月25日にリリースされた安全地帯の10枚目のシングルで、オリコンチャート1位に輝き44万枚を売り上げた、安全地帯の代表曲です。

この「悲しみにさよなら」は、アレンジ版がNTTのCMソングに使用され、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第387回が放送された85年7月18日に第5位でベストテン入りすると、じわじわと順位を上げて第392回が放送された8月22日に第1位となり6週に亘って1位をキープし、13週連続でベストテン入りをしています。

さらに、同番組の年間ベストテンで「悲しみにさよなら」は、85年の年間第1位を獲得し、日本テレビ系『ザ・トップテン』でも年間トップテン1位獲得曲として選ばれました。また、安全地帯は同年暮れの第36回NHK紅白歌合戦にこの「悲しみにさよなら」で初出場を果たし、まさに85年を代表する大ヒットとなりました。ちなみに「悲しみにさよなら」は、同年のオリコン年間シングル売り上げ第9位に記録されています。

アン・ルイス「六本木心中」

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六本木心中」は、1984年10月5日にリリースされたアン・ルイスのヒット曲で、30万枚の売上げでオリコンチャート最高12位となり、女性ロックシンガーとしてのアン・ルイスの代表曲です。

この頃のアン・ルイスは、デビュー当時の作られたアイドルのイメージはなく、幼い頃よりレッド・ツェッペリンやクリームなどを、聴きあさっていたという彼女の本領が発揮されたヘビーな歌謡ロックで、テレビの歌番組では、その過激なポーズや衣装が話題になりました。

日本ミュージック・シーンにおいても、アン・ルイスほどの活躍をした女性ロック・シンガーは、それまで存在せず、女性ロックシンガーの草分け的な存在として、その功績はあまりにも大きいと言えます。ちなみに、02年には相川七瀬がこの「六本木心中」をカバー。07年には、デーモン小暮閣下がリリースした、80年代~90年代の女性ロックシンガーの楽曲のカバーばかりを集めたアルバム「GIRLS' ROCK(ガールズ・ロック)」の最初の曲が、この「六本木心中」になっています。

BOOWY(ボウイ)「Dreamin'」

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BOOWYボウイが1985年6月21日に発売した、3rdアルバム『BOOWY』収録の「Dreamin'」です。

この「Dreamin'」は、BOOWYボウイの本格的なメジャー活動第1弾といえる楽曲で、ライブではしばしば「夢を見てる奴らに贈ります」という常套句が演奏前に入る、BOOWYボウイの代表曲です。

有名な話として、BOOWYボウイが解散宣言を行った、1987年12月24日の渋谷公会堂でのライブの最後に演奏された曲が、この「Dreamin'」でした。

中森明菜「ミ・アモーレ」

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中森明菜「ミ・アモーレ」無料音楽動画
ミ・アモーレ」は、中森明菜の11枚目のシングル。1985年3月8日にリリースされ、TBS系音楽番組『ザ・ベストテン』で1位になるなど大ヒット。同年のオリコン年間シングルチャートで2位を記録し、第27回日本レコード大賞では大賞受賞、大晦日の第36回NHK紅白歌合戦にも同曲で出場しました。

この「ミ・アモーレ」と、翌年にリリースした「DESIRE(デザイア)」で、2年連続の日本レコード大賞を受賞することになるのですが、人気・実力ともにまさに全盛期の中森明菜を代表する曲です。

ちなみに、「ミ・アモーレ」の曲の最後に3回歌う「アモーレー」の部分がありますが、ここを歌いきれるかどうかで中森明菜のその日の調子が分ると言われていました。

荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」

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荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」無料音楽動画視聴
ダンシング・ヒーロー」は、1985年11月21日に発売された荻野目洋子の7枚目のシングルで、33万枚を売上げオリコンチャート最高5位となった、荻野目洋子の代表曲です。

この「ダンシング・ヒーロー」の大ヒットで荻野目洋子は、トップスターの仲間入りを果たし、ユーロビートを世間に広めるとともに、アイドル・アーティスト・タレントとして幅広く活躍することになります。

ちなみに、この「ダンシング・ヒーロー」は、アンジー・ゴールドのカヴァー曲になります。また荻野目洋子は、この「ダンシング・ヒーロー」で翌86年の第37回NHK紅白歌合戦に初出場を果たしました。
※こちらの動画は英語バージョンと日本語バージョンになっています。

中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」

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中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」無料音楽動画視聴
飾りじゃないのよ涙は」は、1984年11月14に発売された中森明菜の10枚目のシングルで、オリコンチャート初登場第1位となって63万枚を売り上げた、中森明菜の代表曲です。

飾りじゃないのよ涙は」は、井上陽水による提供曲で井上陽水本人もセルフカバーして、中森明菜・井上陽水共に代表作となっている名曲です。

ちなみに当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第355回が放送された84年11月29日に「飾りじゃないのよ涙は」はベストテン初登場で第7位になると翌々週には1位となって、10週連続でベストテン入りをしています。また、この「飾りじゃないのよ涙は」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第6位に記録される大ヒット曲でした。

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