1986年のヒット曲 YoutubeでPV視聴ヒットパレード【無料音楽動画試聴BLOG】

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井上陽水「新しいラプソディー」

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井上陽水「新しいラプソディー」無料音楽動画視聴
井上陽水が1986年5月21日にリリースした27枚目のシングル「新しいラプソディー」で、80年代の井上陽水のバラードの名曲です。

この「新しいラプソディー」は、96年にサッポロビール「黒ラベル」のCMソングに使用され、2007年冬には「夢見るヒコーキ。ANA」というキャッチフレーズの全日空(ANA)のCMでオンエアされている楽曲です。

ANAのCMでは、この井上陽水の「新しいラプソディー」にのせて、「彼女の誕生日にケーキを用意してヒコーキに乗ってくる彼を待っている間に、待ち疲れて眠ってしまった彼女の部屋に小さなヒコーキが飛んでいく」という、まるでおとぎ話のような、そしてファンタジーあふれるコマーシャルになっていました。

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桑田佳祐&His Friends「Kissin' Christmas(クリスマスだからじゃない)」

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桑田佳祐&His Friends「Kissin' Christmas(クリスマスだからじゃない)」無料音楽動画視聴
サザンオールスターズの桑田佳祐松任谷由実の未発売コラボレーション曲「Kissin' Christmasクリスマスだからじゃない」です。

この「Kissin' Christmasクリスマスだからじゃない」は、作詞は松任谷由実、作曲は桑田佳祐、編曲はKUWATA BANDという夢の組み合わせで製作された実に7分を超える壮大な楽曲。桑田佳祐作曲ということで随所にクリスマス的お遊びやお正月に向けたメロディーなどの遊びが施され、作詞の松任谷由実が独特のウィンターラブソングに仕上げている幻のクリスマス・ソングです。

日本テレビが86年,87年のクリスマス・イヴに放送した音楽番組『メリー・クリスマス・ショー』のテーマソングとして使用され、番組のラストで同番組出演者全員によって、この「Kissin' Christmasクリスマスだからじゃない」を合唱されました。なお、現在でもFMラジオ等でクリスマスシーズンに桑田佳祐松任谷由実の特集を放送する際には、必ずと言っていいほどOAされる楽曲です。

杉山清貴「最後のHoly Night」

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杉山清貴「最後のHoly Night」無料音楽動画視聴
最後のHoly Night」は、1986年11月6日に発売された杉山清貴の2ndシングルで、オリコンチャート最高2位となって25万枚を売り上げた、杉山清貴のヒット曲です。

この「最後のHoly Night」は、日本航空のCMソングに使用され、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、86年11月20日に放送された第456回で第8位となり、翌々週には第1位に輝き、その翌週は少年隊の「バラードのように眠れ」に第1位を明け渡すものの次週では第1位に返り咲き、その後3週連続で1位をキープ。8週連続でベストテン入りを果しました。

なお、杉山清貴の「最後のHoly Night」は、第463回放送時の2位から翌週15位となってベストテン圏外へ落ちるのですが、これは同番組のベスト3から翌週圏外落ちの最大落差の記録になっています。

少年隊「仮面舞踏会」

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仮面舞踏会」は、1985年12月12日に発売された少年隊のデビューシングルで、シングル発売と同時にオリコンチャート第1位に輝く好スタート、シングル売上げも48万枚の大ヒットとなった少年隊の代表曲です。

少年隊は、結成当初から田原俊彦、近藤真彦のバックダンサーとして、歌番組やコンサートへ出演し、レコードデビュー前であるにも関わらず、当時の人気歌番組「夜のヒットスタジオ」に単独のアーティストとして出演するなど、関係者の期待も高く、視聴者の注目も早くから受けており、ファンにとっても待望のレコードデビューだったようです。

この「仮面舞踏会」は、翌86年暮れの日本レコード大賞最優秀新人賞を輝き、大晦日の紅白歌合戦にも初出場を決め、同年オリコン年間シングル売上げ第3位となるほどのヒットでした。

松任谷由実(ユーミン)「サーフ天国、スキー天国」

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松任谷由実(ユーミン)「サーフ天国、スキー天国」無料音楽動画視聴
松任谷由実ユーミンの1980年12月1日リリースのアルバム『SURF&SNOW』から、原田知世主演の映画『私をスキーに連れてって』の主題歌「サーフ天国、スキー天国」です。

この「サーフ天国、スキー天国」は、元々は1978年の川崎龍介への提供曲「サマー・ブリーズ」が原曲で、このアルバム『SURF&SNOW』で松任谷由実ユーミンがセルフカバー。86年~87年には苗場プリンスホテルとのタイアップとして使用され、現在でもウインターソングの定番となっている広く親しまれている1曲です。

なおアルバム『SURF&SNOW』には、この「サーフ天国、スキー天国」や「恋人がサンタクロース」など、松任谷由実ユーミンの冬の定番ソングが収録されていますが、1曲もシングルカットされていません。

テレサ・テン「愛人」

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テレサ・テン「愛人」無料音楽動画
愛人」は、1985年2月21日に発売されてシングル売上げ150万枚記録した、アジアの歌姫テレサ・テンの大ヒット曲です。

つくしてもつくしても報われることの無い愛人の立場を悲しく歌い上げるテレサ・テンのこの曲は前年の「つぐない」に続き、第18回全日本有線放送大賞でグランプリに輝きます。

また、この85年に大ヒットした「愛人」は、有線放送のリクエストチャートで14週連続1位を記録しており、テレサ・テンのヒットには、有線放送は欠かせない存在だと言えます。

KUWATA BAND「Ban Ban Ban」

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Ban Ban Ban」は、1986年4月5日にリリースされた桑田佳祐を中心としたKUWATA BANDの最初のシングルで、45万枚を売り上げてオリコンチャート最高3位となったKUWATA BANDのヒット曲です。

KUWATA BANDは、サザンオールスターズの桑田佳祐を中心にして結成されたロックバンド。桑田佳祐の妻である原由子が産休中である86年4月から1年限定という名目で活動。この「Ban Ban Ban」は、イントロがギターソロで始まるなど、サザンではほとんど見られない本格派ロックを感じさせる楽曲で、ドラムス音の際立ちなど力強いサウンドが特徴でした。

その鮮烈なデビューシングル「Ban Ban Ban」は、KUWATA BAND最大のヒット曲でもあり、同年のオリコン年間シングル売上げ第4位に記録され、TBS系『ザ・ベストテン』では、同番組の年間チャートで1位に輝いています。

レベッカ「ラズベリー・ドリーム(RASPBERRY DREAM)」

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ラズベリー・ドリーム(RASPBERRY DREAM)」は、1986年5月2日に発売されたレベッカの5枚目のシングルで、オリコンチャート最高4位となり22万枚を売り上げた、レベッカのヒット曲です。

「フレンズ」でブレークしたレベッカの魅力は、なんと言ってもNOKKOのパワフルかつキュートなヴォーカルとダンスでした。この「ラズベリー・ドリーム」も、ヴォーカルNOKKOの魅力を前面に押し出したポップな曲。

ちなみに「ラズベリー・ドリーム」は、デーモン小暮閣下の80~90年代の女性ロックシンガーの楽曲のカバーを収録したアルバム「GIRLS' ROCK」にも収められています。

小泉今日子「夜明けのMEW(ミュー)」

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夜明けのMEWミュー」は、1986年7月10日に発売の小泉今日子の18枚目のシングルで、オリコンチャート最高2位となって16万枚を売り上げた、小泉今日子のヒット曲です。

この「夜明けのMEWミュー」は、前作までの路線とはうってかわってしっりとしたバラードで、ポップなアイドル調の曲だけでなく、こんな曲もサラリと歌ってしまうのが小泉今日子の魅力でした。

なお、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第439回が放送された86年7月24日に「夜明けのMEWミュー」は第7位でベストテン入りすると、最高6位となって7週連続でベストテン入りをしています。また小泉今日子は、同年の第37回NHK紅白歌合戦に3度目の出場を果し、この「夜明けのMEWミュー」を披露しています。

石井明美「CHA CHA CHA」

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CHA CHA CHA」は、1986年8月14日に発売された石井明美のデビュー曲で、TBS系ドラマ「男女7人夏物語」の主題歌として大ヒット、80万枚を売り上げてオリコンチャートで第1位となった石井明美の代表曲です。

ドラマ「男女7人夏物語」は、明石家さんまと大竹しのぶを引きつけたドラマとしても有名ですが、さんまと大竹の掛け合い漫才的な面白さが話題となり、最高視聴率は31%を越えるほどの人気でした。後に「トレンディドラマ」の元祖とも言われ、翌年には続編の「男女7人秋物語」も作成されます。

番組の人気と当時のユーロビートブームも相まって、この「CHA CHA CHA」は大ヒットする訳ですが、、石井明美の「CHA CHA CHA」は、86年度のオリコン年間シングルチャート第1位にも輝き、86年を代表する1曲となります。

小泉今日子「木枯しに抱かれて」

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木枯しに抱かれて」は、1986年11月19日に発売された小泉今日子の19枚目のシングルで、オリコンチャート最高3位となって28万枚を売り上げた、小泉今日子のヒット曲です。

この「木枯しに抱かれて」は、小泉今日子自身が主演した映画『ボクの女に手を出すな』の主題歌でした。

ちなみに当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第458回が放送された86年12月4日に「木枯しに抱かれて」は第4位でベストテン入りすると、第463回放送の87年1月15日に第1位となって3週連続で1位をキープし、12週連続でベストテン入りをしています。

荻野目洋子「Dance Beatは夜明けまで」

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Dance Beatは夜明けまで」は、1986年6月10日に発売された荻野目洋子の9枚目のシングルで、オリコンチャート最高4位となって15万枚を売り上げた、荻野目洋子のヒット曲です。

この「Dance Beatは夜明けまで」は、荻野目洋子自身が出演したTBS系ドラマ『早春物語~私、大人になります~』の主題歌として使用されヒットしました。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第435回が放送された86年6月26日に、この「Dance Beatは夜明けまで」は第9位でベストテン入りすると、最高8位となって3週連続でベストテン入りをしました。

荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」

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ダンシング・ヒーロー」は、1985年11月21日に発売された荻野目洋子の7枚目のシングルで、33万枚を売上げオリコンチャート最高5位となった、荻野目洋子の代表曲です。

この「ダンシング・ヒーロー」の大ヒットで荻野目洋子は、トップスターの仲間入りを果たし、ユーロビートを世間に広めるとともに、アイドル・アーティスト・タレントとして幅広く活躍することになります。

ちなみに、この「ダンシング・ヒーロー」は、アンジー・ゴールドのカヴァー曲になります。また荻野目洋子は、この「ダンシング・ヒーロー」で翌86年の第37回NHK紅白歌合戦に初出場を果たしました。
※こちらの動画は英語バージョンと日本語バージョンになっています。

荻野目洋子「六本木純情派」

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六本木純情派」は、1986年10月29日に発売された荻野目洋子の10枚目のシングルで、オリコンチャート最高3位となって26万枚を売り上げた、荻野目洋子のヒット曲です。

当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第455回が放送された86年11月13日に、この「六本木純情派」は第9位でベストテン入りすると、最高2位となって11週連続でベストテン入りをしました。

また荻野目洋子は、この「六本木純情派」で同年の第38回NHK紅白歌合戦に自身2度目の出場を果します。ちなみに「六本木純情派」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第36位に記録されるヒットでした。

安全地帯「プルシアンブルーの肖像」

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安全地帯「プルシアンブルーの肖像」無料音楽動画視聴
プルシアンブルーの肖像」は、1986年7月1日に発売された安全地帯の11枚目のシングルで、オリコンチャート最高2位となって24万枚を売り上げた、安全地帯のヒット曲です。

この「プルシアンブルーの肖像」は、安全地帯の玉置浩二の俳優としての初出演作となった同年公開の同名映画『プルシアンブルーの肖像』の主題歌です。

ちなみに「プルシアンブルーの肖像」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第438回が放送された86年7月17日に第3位でベストテン入りすると、最高2位となって8週連続でベストテン入りをしています。

中山美穂「ツイてるねノッてるね」

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ツイてるねノッてるね」は、1986年8月21日に発売された中山美穂の7枚目のシングルで、オリコンチャート最高3位となって19万枚を売り上げた」、中山美穂のヒット曲です。

この「ツイてるねノッてるね」は、アイドル時代の中山美穂を代表するヒット曲で資生堂86秋のキャンペーンソングとして使用されヒットしました。

同年年末の第28回日本レコード大賞では、中山美穂は「ツイてるねノッてるね」で金賞を受賞しています。

山下達郎「クリスマス・イブ」

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クリスマス・イブ」は、1986年11月28日にりりーすされた山下達郎の12枚目のシングルで、オリコンチャート1位に輝き153万枚のセールスを記録した、山下達郎の代表曲です。

この「クリスマス・イブ」は、89年のJR東海の東海道新幹線『クリスマス・エクスプレス』のCMソングのタイアップで、一気に知名度が拡大し、同年12月にはチャート1位を獲得。オリコンでは30週目ランクインでの1位獲得となりました。

元々この「クリスマス・イブ」は、83年の山下達郎の9枚目のアルバム『Melodies』に収録されたもので、同年12月14日に12インチピクチャーレコード(限定盤)としてシングルカットされ当時のチャート44位。86年に再発売されると毎年クリスマスの時期が近づくとチャートを浮上するようになり、前述のJR東海のCMソングとなったことで、ワム!の「ラスト・クリスマス」と並んでクリスマスの定番曲になりました。
ワム!「ラスト・クリスマス」のPV視聴はコチラ

河合その子「青いスタスィオン」

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青いスタスィオン」は、1986年3月21日に発売された河合その子の3rdシングルで、オリコンチャート初登場第1位に輝き34万枚を売り上げた、河合その子の代表曲です。

河合その子自身最大のヒット曲の「青いスタスィオン」は、同年のオリコン年間シングル売り上げ第10位に記録される大ヒットとなります。ちなみに、彼女が所属していたおニャン子クラブの全シングル曲中、最大の売上枚数だったのがこのナンバーワン「青いスタスィオン」でした。

青いスタスィオン」は、森永製菓「HI-SOFT」の自ら出演したCMのCMソングに採用されてヒットしますが、河合その子はニッポン放送系のラジオ番組『おニャン子のあぶない夜だよ』にて、「いい『曲』だよねぇ、とばかり言われ、でもいい『歌』と言ってほしい。」旨の発言をし、自らの歌唱でなく、曲の良さばかりが評価されたことに若干の悔しさを見せていました。

本田美奈子「1986年のマリリン」

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1986年のマリリン」は、1986年2月5日にリリースされた本田美奈子の5枚目のシングルで、25万枚を売り上げオリコンチャート最高3位となった、本田美奈子の代表曲です。

この「1986年のマリリン」は、シングルでの本田美奈子最大のヒット曲であり、本田美奈子の訃報記事のほとんどが、この「1986年のマリリン」を代表曲として挙げています。

また、「1986年のマリリン」の曲とともに、歌唱時の衣装の「ヘソ出しルック」も話題となっていました。

渡辺美里「My Revolution(マイ・レボリューション)」

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My Revolutionマイ・レボリューション」は、1986年1月12日にリリースされた渡辺美里の4枚目のシングルで、45万枚を売り上げてオリコンチャート第1位に輝いた、渡辺美里の代表曲です。

渡辺美里は、アイドルとは違った形のガールズポップの先駆者的シンガーとして活躍。代表曲にはこの「My Revolutionマイ・レボリューション」「恋したっていいじゃない」「サマータイム ブルース」「夏が来た!」などで知られています。

この「My Revolutionマイ・レボリューション」は、TBS系ドラマ「セーラー服通り」の主題歌に使用され大ヒットしました。同年2月27日放送の「ザ・ベストテン」では5位にランクインし、この時が渡辺美里にとって初めての生放送だったそうです。ちなみに、「My Revolutionマイ・レボリューション」は、同年のオリコン年間シングル売り上げ第5位に記録されています。

チューブ(TUBE)「シーズン・イン・ザ・サン」

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チューブ(TUBE)「シーズン・イン・ザ・サン」無料音楽動画視聴
シーズン・イン・ザ・サン」は、1986年4月21日にリリースされたチューブ(TUBE)の3rdシングルで、オリコンチャート最高6位で31万枚を売り上げた、チューブ(TUBE)の代表曲です。

この「シーズン・イン・ザ・サン」は、旧バンド名「THE TUBE」からチューブ(TUBE)に改名して最初のシングルで、キリンびん生のCMソングに使用されて大ヒットし、全国にチューブ(TUBE)の名前を知らしめた出世作になります。「シーズン・イン・ザ・サン」のヒットで「チューブ(TUBE)=夏」というスタイルを、80年代後半~90年代にかけて確立させていきます。

ちなみに当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』には、第432回が放送された86年6月5日に第10位で「シーズン・イン・ザ・サン」はベストテン入りし、第438回放送の同年7月17日にはついに第1位となり、11週連続でベストテン入りをしています。

1986オメガトライプ「君は1000%」

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1986オメガトライプ「君は1000%」無料音楽動画視聴
君は1000%」は、1986年5月1日にリリースされた1986オメガトライプの1stシングルで、30万枚のシングル売上げでオリコンチャート最高6位になった、1986オメガトライプの代表曲です。

1986オメガトライプは、85年解散した杉山清貴&オメガトライプに在籍していた、高島信二(ギター)、西原俊次(キーボード)に加え、新たに日系ブラジル人のカルロス・トシキ、菊池桃子のバックバンドでギターを担当していた黒川照家を迎えて再結成し、この「君は1000%」で再デビューします。

1986オメガトライプの楽曲も、杉山清貴&オメガトライプ同様、夏をイメージさせる多くのサマーソングを生み出しますが、この「君は1000%」も彼等が作り出す爽やかな夏のドライブにお奨めの1曲です。

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