この「AL-MAUJ(アルマージ)」は、アラビア風のエキゾチックな雰囲気の作品で、ベリーダンサー風なコスチュームに、ツタや蛇のレプリカなどを絡ませた凝ったマイクスタンドも話題になっていました。
なお、タイトルの「AL-MAUJ(アルマージ)」とは、「波」「深い愛」などを意味すると当時中森明菜が語っていました。ちなみに、この「AL-MAUJ(アルマージ)」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第14位に記録される大ヒットでした。
この「難破船」は、加藤登紀子に楽曲提供を受けたシングルで、中森明菜の代表的なバラード曲です。
中森明菜は、この「難破船」で同年の第38回NHK紅白歌合戦にも出演し、オリコン年間シングルチャートで「難破船」は第6位に記録される大ヒットでした。
この「サザン・ウインド」は、中森明菜のシングル曲の中では比較的珍しい、明るめで軽快な夏を先駆けた楽曲で、来生えつこ作詞、玉置浩二作曲の作品。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第324回が放送された84年4月26日に第8位でベストテン入りすると、第327回が放送された5月17日に第1位となって2週連続で1位をキープし、10週連続でベストテン入りをしています。なお、この「サザン・ウインド」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第10位に記録される大ヒット曲でした。
題名の「北ウイング」は、成田国際空港の第1ターミナルの北部分の呼び名で、中森明菜は、松任谷由実の「中央フリーウェイ」のような施設を題材の一つとしている歌を歌いたかったと語っていました。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第310回が放送された84年1月19日にベストテン初登場第1位で「北ウイング」はベストテン入りすると、5週連続で1位をキープし、10週連続でベストテン入りをしています。ちなみに、この「北ウイング」は、同年の日本レコード大賞金賞に輝き、同年のオリコン年間シングル売上げ第9位に記録される大ヒット曲でした。
この「セカンド・ラブ」は、しっとりとしたバラード曲で、来生えつこ・来生たかお姉弟による作品。当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、この「セカンド・ラブ」は、第251回が放送された82年12月2日に第6位でベストテン入りすると、翌々週には第1位となり8週に亘って1位をキープし、13週連続でベストテン入りをしています。
また、この「セカンド・ラブ」で中森明菜は、自身初となるオリコン第1位を輝き、83年のオリコン年間シングル売り上げでは第8位に記録される大ヒットになりました。さらに83年の第25回日本レコード大賞では、ゴールデンアイドル賞を受賞し、松田聖子と並ぶ80年代を代表する歌姫の地位を確立させた1曲でした。
中森明菜は、81年日本テレビ系「スター誕生!」で史上最高得点で合格し、82年にこの「スローモーション」でデビューしました。デビュー当時のキャッチフレーズは、「ちょっとエッチな美新人娘(み・ルーキー・っこ→ミルキーっこ)」。この当時、新人アイドルにはキャッチフレーズは付き物でしたが、、、もぉちょっとなんとかならなかったんですかねぇ(^^;。
ともかく、中森明菜の人気もまだちょっとだけスローモーションで、彼女がブレークするのは次作の「少女A」からになります。
この「ミ・アモーレ」と、翌年にリリースした「DESIRE(デザイア)」で、2年連続の日本レコード大賞を受賞することになるのですが、人気・実力ともにまさに全盛期の中森明菜を代表する曲です。
ちなみに、「ミ・アモーレ」の曲の最後に3回歌う「アモーレー」の部分がありますが、ここを歌いきれるかどうかで中森明菜のその日の調子が分ると言われていました。
この「TATTOO(タトゥー)」では、全面にスパンコールをちりばめたミニワンピースの衣裳に、挑発的な振り付けと歌唱でセクシーさを演出。音楽的にも、シンセサイザーを多用したサウンドとスウィング・ジャズを融合させて、中森明菜のシャウトを含むパワフルなボーカルはインパクトがありました。
これまでの中森明菜は「足が太いので、足を見せたくない。」との意向で、足を露出するような衣装を避けていると言われていましたが、一転この「TATTOO(タトゥー)」ではミニスカートの衣装であり、本人が言っていたことに反して非常に美脚であることも判明しました。
89年7月当時の恋人の近藤真彦の自宅マンションにて、自殺未遂事件を起こした中森明菜が、約1年間の休業した後の復帰シングルとなった「Dear Friend(ディア・フレンド)」です。
この「Dear Friend(ディア・フレンド)」は、それまでの全体的に暗めの楽曲が多かった中森明菜のシングルA面曲とは異なり、明るくポジティブな曲調でした。また同年8月1日放送のフジテレビ系音楽番組「夜のヒットスタジオ SUPER」で、ニースからの中継で久々のテレビ出演を果たします。なお「Dear Friend(ディア・フレンド)」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第6位に記録される大ヒットでした。
「飾りじゃないのよ涙は」は、井上陽水による提供曲で井上陽水本人もセルフカバーして、中森明菜・井上陽水共に代表作となっている名曲です。
ちなみに当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第355回が放送された84年11月29日に「飾りじゃないのよ涙は」はベストテン初登場で第7位になると翌々週には1位となって、10週連続でベストテン入りをしています。また、この「飾りじゃないのよ涙は」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第6位に記録される大ヒット曲でした。
この「十戒(1984)」は、それまでの中森明菜のいわゆるツッパリソングと呼ばれる作品の最後のシングルとなり、大晦日の第35回NHK紅白歌合戦には、この「十戒(1984)」で中森明菜は2度目の出場を果します。
ちなみに当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第340回が放送された84年8月16日に「十戒(1984)」はベストテン初登場で第1位になると、5週連続で1位をキープし、12週連続でベストテン入りをしています。また、この「十戒(1984)」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第6位に記録される大ヒット曲でした。
この「DESIRE -情熱-」は、前年のレコード大賞受賞の勢いをそのままに、TBS系音楽番組『ザ・ベストテン』で7週連続第1位を記録し、上半期ベストテン第1位、年間ベストテン第2位という大ヒットになります。更に、2年連続で日本レコード大賞を受賞し、その他にも数々の音楽賞でグランプリを受賞。大晦日の第37回NHK紅白歌合戦にも出場し、まさに人気・実力ともに絶頂期の中森明菜の代表作になります。
また「DESIRE -情熱-」は、中森明菜としては初めてのCMタイアップ(パイオニア「PRIVATE CD」)がついたシングルとなり、おかっぱのウィッグに、着物をアレンジした独特の衣裳・振りも話題となりました。
この「TANGO NOIR(タンゴ ノアール)」を発表した1987年2月、中森明菜はフジテレビ系『夜のヒットスタジオDELUXE』のマンスリーゲストとして1ヶ月間連続で出演。2月11日の放送で「TANGO NOIR(タンゴ ノアール)」を披露した際には、大きく後ろに仰け反るところで腰痛をおこした為か、歌唱後に階段のセットでうずくまるというアクシデントが起きましたが、後に中森明菜は「衣装の重みのため仰向けに反った上体を戻せなかった」と語っていました。
ちなみに当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』では、第468回が放送された87年2月19日に「TANGO NOIR(タンゴ ノアール)」はベストテン初登場で第1位になると、5週連続で1位をキープし、6週連続でベストテン入りをしています。ちなみに、この「TANGO NOIR(タンゴ ノアール)」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第2位に記録される大ヒット曲でした。
中森明菜は、82年5月1日に「スローモーション」でデビューし、この「少女A」がスマッシュヒットする訳ですが、同年はアイドル歌手の当たり年で「花の82年組」と呼ばれたりしました。(同年デビューした歌手には、小泉今日子・早見優・堀ちえみ・松本伊代などがいます。)
80年代前半は、女性アイドルの曲の歌詞の中に自身の年齢を入れることが流行しており、この「少女A」の歌詞中にも当時の中森明菜自身の年齢「17歳」というフレーズが入っています。
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