この「大将」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』には、第403回が放送された85年11月7日に第8位でベストテン入りし、最高6位となって、5週連続でベストテン入りをしました。
また、07年3月11日の日本武道館での追加公演では、この「大将」の間奏中に近藤真彦(マッチ)自身がデビュー後初めて公約していた通りの華麗なフライング(宙吊り)を披露して話題になりました。
この「ブルージーンズメモリー」は、近藤真彦主演となった東宝映画たのきんスーパーヒットシリーズ第2弾『ブルージーンズメモリー BLUE JEANS MEMORY』の主題歌。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』で「ブルージーンズメモリー」は、第177回が放送された81年6月25日に第7位でベストテン入りし、第181回にはついに第1位となって2週に亘って1位をキープ、13週連続でベストテン入りをしました。なお「ブルージーンズメモリー」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第11位に記録される大ヒットでした。
この「ためいきロ・カ・ビ・リー」は、日活映画黄金時代の石原裕次郎の代表作『嵐を呼ぶ男』を近藤真彦主演でリメイクした、東宝映画たのきんスーパーヒットシリーズ第6弾『嵐を呼ぶ男』の主題歌。この当時の近藤真彦(マッチ)は、まだ19歳になろうという頃で、茶髪の髪で弾けてました。
当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』で「ためいきロ・カ・ビ・リー」は、第285回が放送された83年7月28日に第7位でベストテン入りし、翌々週にはついに第1位となって3週に亘って1位をキープ、8週連続でベストテン入りをしました。なお「ためいきロ・カ・ビ・リー」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第34位に記録されてます。
この「愚か者」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』には、第463回が放送された87年1月15日に第3位でベストテン入りし、第466回にはついに第1位となって、8週連続でベストテン入りをしました。
この年に最愛の母を失った近藤真彦は、その悲しみを乗り越えて、同年行われた第29回日本レコード大賞で念願の大賞をこの「愚か者」で見事受賞。大晦日の第38回NHK紅白歌合戦にも「愚か者」で7年連続7回目の出場を近藤真彦は果しています。
「情熱・熱風・せれなーで」は、1982年1月7日に発売された近藤真彦の5枚目のシングルで、オリコンチャート第1位となって56万枚を売上げ、「ふられてBANZAI」は、1982年3月31日に発売された近藤真彦の6枚目のシングルで、こちらはオリコンチャート初登場第1位となって53万枚を売上げました。
なお「情熱・熱風・せれなーで」と「ふられてBANZAI」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第9位と第10位に記録される大ヒットでした。
映画「ハイティーン・ブギ」は、牧野和子による同名劇画の映画化で、たのきんトリオ主演シリーズ第4作目。それまで主役を務めた田原俊彦に代わって、近藤真彦が初めて主演を演じました。
近藤真彦は、81年と83年のブロマイド年間売上第1位、デビュー曲の「ブルージーンズメモリー」から「ハイティーン・ブギ」を挟んで、8枚目の「ホレたぜ!乾杯」まで全て50万枚を超えるヒットと、まさにアイドルとして人気絶頂期の作品になります。
この「ホレたぜ!乾杯」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』には、第244回が放送された82年10月14日に第7位でベストテン入りし、翌々週にはついに第1位となって2週に亘って1位をキープし、12週連続でベストテン入りをしました。
近藤真彦は、この「ホレたぜ!乾杯」で同年の第24回日本レコード大賞でゴールデン・アイドル賞を受賞。大晦日の第33回NHK紅白歌合戦にも2年連続2度目の出場を果し、「ホレたぜ!乾杯」を披露しました。なお「ホレたぜ!乾杯」は、同年のオリコン年間シングル売上げ第26位に記録されてます。
この「北街角」は、ハウス食品の「北のラーメン うまいっしょ」のCMソングとして使用されていました。個人的にもこのCMの印象が強いためか、冬の寒い夜に湯気の立ち込めたラーメン屋さんに入ると、この「北街角」を思い出してしまいます。
また、この頃の近藤真彦は、どちらかと言えば芸能活動よりもレース活動に重点を置いていたのではないでしょうか?88年から参戦した全日本F3選手権もこの年で卒業し、94年から全日本GT選手権に参戦していきます。
80年代に一時代を築いたトップアイドルもこの年には24歳。この当時の近藤真彦は、「日本一速い男」の愛称を持つレーサーの星野一義のもとで84年から『富士フレッシュマンレース』に参戦していたレース活動も、この年にはステップアップして、『全日本F3選手権』に参戦するなどレース活動がメインとなっていました。
そんな中で発売された「Made in Japan」は、当時人気のTBS系『ザ・ベストテン』にも3週にわたってランクイン。元気いっぱいのやんちゃなアイドルから一皮剥けた大人の近藤真彦となって出演していました。
この頃の近藤真彦のイメージは、まだヤンチャなお兄ちゃん。しかし、そのマッチのツッパリ志向で不良っぽいキャラが同世代の少女のハートを鷲掴みにし、押しも押されぬスーパー・アイドルとしての地位を確立していきました。
この「ギンギラギンにさりげなく」で近藤真彦は、同年暮れの日本レコード大賞で最優秀新人賞を見事受賞。大晦日のNHK紅白歌不合戦にもトップバッターとして出場し、日本中の女子中高生を熱狂させた80年代前半のたのきんブームはまだまだ続いていきます。
近藤真彦は、1979年にドラマ『3年B組金八先生』の生徒役としてデビューし、同じく生徒役だった田原俊彦、野村義男とともに「たのきんトリオ」と言われて、80年代を代表する男性トップアイドルとして君臨します。
この「スニーカーぶる〜す」は、翌81年の年間シングル売上げ第3位となる大ヒットとなります。また、同じく81年には『東宝映画たのきんスーパーヒットシリーズ』としてシリーズ化された映画『青春グラフィティ スニーカーぶる〜す』に出演し、近藤真彦の快進撃が始まることになります。
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