沖縄育ちの南沙織は、クリスチャンで洗礼も受けており、その時授かった名前がシンシアを愛称としていました。当時、芸能界でも彼女のファンは多く、よしだたくろうは南沙織に捧げる曲として「シンシア」を74年に書いています。
この「潮風のメロディ」は、「17才」でのヒットを受けて、沖縄からやって来た小麦色の肌をした美少女を、それまでになかった新しいタイプのアイドルとして確立させた1曲と言えるでしょう。個人的には「17才」より「潮風のメロディ」の方が好きなのですが、残念なことに私は、はじめてくちづけした日を忘れてしまってます・・・。
74年頃までの南沙織の楽曲は、筒美京平によるものが多かったのですが、75年発売の「人恋しくて」(田山雅充作曲)以降は、ニューミュージック系のライターによる作品も多くなり、この「春の予感 -I've been mellow-」は尾崎亜美の作品。
この「春の予感 -I've been mellow-」は、同年の資生堂のCMソングに使用されてヒットした、学業に専念するためにこの年10月に歌手引退をする南沙織の、この年の代表曲になります。
歌に女性としての情感が溢れ出てきた、この頃の南沙織には実力派という言葉が付いてきて、それを裏付けるように、同年の日本レコード大賞では、この「人恋しくて」で歌唱賞を受賞します。
また、同年の大晦日には第26回NHK紅白歌合戦に5年連続5度目の出場を、この「人恋しくて」で果します。ちなみに、この「人恋しくて」は、オリコントップ10にチャートインした南沙織の最後のシングルとなりました。
この「色づく街」で南沙織は、同年の第24回NHK紅白歌合戦に3年連続3度目の出場を果たします。また、学業専念と、写真家の篠山紀信との結婚を機に芸能活動を引退していた南沙織が、91年の第42回NHK紅白歌合戦で復帰しますが、その時に歌唱したのがこの「色づく街」でした。
ちなみにこの「色づく街」は、80年代に三田寛子が、91年には水野美紀がカバーしてシングルを発売しています。
沖縄出身の当時17才の南沙織は、沖縄本土復帰前の1971年に来日し、「17才」の大ヒットで同時期にデビューした小柳ルミ子、天地真理と合わせて70年代前半に「新三人娘」と呼ばれてトップアイドルとして活躍しました。
長い黒髪と日焼けした健康的な肌で「17才」を歌う南沙織には、同世代の若者から絶大な人気があり、同年暮れの日本レコード大賞では新人賞を受賞、71年、72年にはブロマイド年間売上No1となっています。
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